あれは若い頃、魅せられたように天河弁財天に通い詰めていた。
といっても、仕事が忙しかったので、月参りのように頻繁に行けるわけでもなく、年に数回程度のことだったけど、若いのでそんなにお金もなく、行くだけで大変な思いをしていた。
それでも恋しくて、天川に行きたいなと常に思っていた。
天川は音が溢れている 美内すずえ『宇宙神霊記』のサイレン
あるとき民宿のIさん宅に滞在していた。
泊まっていたのは道に面した部屋だった。
道に面しているといっても、田舎のこととて夜になると人通りもなく静かな夜だった。
そんなに人が泊まっていない日で、居間でお借りした本を寝床の中で読み、遅くなったので電気を消して寝ようとした。
寝ようとしていると、色々な音が聞こえてきた。
昔々に読んだ阿含の桐山さんの本には、修行をすると地球の自転の音が聞こえるようになるらしいが、修行なんかしなくても都会でもすごく静かな夜だと聞こえる日がある。
耳鳴りだといってしまったらそれまでだけど。
その日は一種類だけでなく、低い音から高い音まで、様々な音が聞こえてきた。
生きものの声でもなく、かといって無機質というわけでもない。
そういえば、天川は音が溢れているというけど、このことかと思った
高い周波数から低い周波数まで。
ほんとうに音が溢れているという感じだった。
名前はわからないけど様々な星の音のようだった。
音を聞きながら眠りについた。
次の日、天川村の道を歩いているとすごく大きな音でサイレンが鳴りはじめた。あまりに大きな音なので何かの警報のサイレンで村営放送でながしているんだと思った。
それがなかなか鳴りやまなかった。
こんなにうるさいのに誰も文句を言わないんだなあ、何か事情でもあるんだろうと思っていた。
それにしてもずっとなり続けていた。
サイレンのなる中、天河弁財天(天河神社)に御参りにいった。
御参りを終えるとちょうど宮司様がいらっしゃったところだった。
あまりにサイレンが喧しいので、目礼でご挨拶して神社を出た。
お忙しいかたで、飛び回ってみえるときいたけど、今日はいらっしゃるんだなあと思った。
そしてサイレンのうるさいまま、村を出て、私は自宅へと帰った。
あとになってから思い出したけど、美内すずえさんの『宇宙神霊記』で同じことが書いてあった。
美内さんも天川村の民宿にいたけど、サイレンがあまりにうるさいので、下市口の喫茶店までいって仕事をしていたそうだ。
そのことを宮司様に話したら、サイレンがなっているとき宮司様たちは御神業に入ったと言う。
サイレンが止んで「そのとき世界のどこかで救われた地域があるかもしれません」と言われたという。
私もあまりにうるさかったので、てっきり村営放送のサイレンがなっているとばかり思いこんでいたけど、世界のどこかで異変があって、サイレンがやんだときに救われた地域でもあったのかもしれない。
宮司様にサイレンのことを確認すればよかったけど、あまりにサイレンがうるさいので、目礼しただけで、そそくさと帰ってしまった。その後、宮司様はご神業に入られたのかもしれない。
天川は音が溢れているなあと思った。