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月夜の猫

tukiyononeko.net 月夜の猫Blogger版です 昔のサイトの内容を移動しました 移動し切れてないものもあります

(仮)ジャバ

井光神社 井光姫のおとさん大戸さん天岩戸のモデル

on 7月 24, 2016

井光姫のおとさん大戸さん

今まで、「天津神」というと天孫族と同じと思っていました。

向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊を調べていて、縄文以前は温暖だったために、縄文人たちは涼しい高山に住んでいたらしいことがわかってきました。四国などに高地の居住跡が残っています。

弥生時代以降、日本が寒冷化したたために高い山(高天原)から降りてきた人達を「天津神」といったのではないかと

 

縄文人は手足が長い人だったため、手長・足長とか、蜘蛛などと呼ばれたようです。

侏儒と中国の史書に書かれているから、やはり小柄なのでしょうか?

コロボックルのような人達だったのでしょうか。

アイヌの人達も手足が長くて「蜘蛛」という表現に当てはまりますが

 

高い山・高天原から降りてきた縄文人も天津神?

今も四国の高い山には石垣などが残っています。これも過ごしやすい高山で暮らしていた住居跡でしょう。

先日尋ねた井光姫の里(井氷鹿の里)は700年くらい前に下のほうに降りてきたそうです。

井光姫たちが信仰していたおとさん(大戸さん)に行く途中に昔の井光姫の里の石垣がありました

 

井光姫の里には泊まった民宿の方が車で連れていってくださいました。

お話を聞かせてくださる方に連絡もしていただいて、ありがとうございました。

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井光姫の里の人と後南朝ご末裔が語り合う姿

南朝家臣末裔と井光姫の里の人と後南朝ご末裔が三人で語り合っていたのは、今考えると、なにやら不思議です。

お話聞かせて下さった方もありがとうございました。

 

井光神社のご神木の樹齢は700年くらいだそうです。

井光神社のご神木

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下に移住したときに、植えたそうです。

戸隠神社の三本杉も樹齢700年くらいだそうです。1300年ごろに何かあったのでしょうか?

 

おとさんのところに行く道すがら古い石垣あり、ここがもとの井光姫の里だったんだと思いました。

 

井光神社の拝殿の中側

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井光神社の拝殿の中側にはおとさんのところから持ってきた上が尖った石がありました。

おとさんがご神体のようです。

 

おとさんも三角っぽい岩でした。

おとさんは、お戸さんで、やっぱり天岩戸の御戸さんなんだろうなと思いました。

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おとさん  大戸さんだそうです

井光姫が神武のために、お戸さんに矢を捧げて祈った、天岩戸神話の天岩戸のモデルだそうです。

 

戸隠も岩戸で手力男つながりで、700年前くらいに何かあって、戸隠に移動した集団がいたのでしょうか???

手力男を祖とする犬飼さんたちのようですので、そのときに手力男神話も移動して、九頭竜さんと習合したのかもしれません

 

井光神社 ご祭神はおとさんのようです。

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こちらは拝殿に向かって左にあたります。

写真はないですけど、何故か日露戦争時の砲弾が置かれていて????

 

西側なのに、何故かこちら側に伊勢遥拝の石碑が置かれている。(伊勢神宮はここからは東方向)

説明してくださった井光の里の方が

「これ向いの石碑と逆なんじゃないか? 今度何かあったら位置交換するか!?」

とかなんとおっしゃってて、一体なにを拝みたかったのか???

 

家に帰ってから

西の古語、以西(いせい)→伊勢で、伊勢はカモフラージュで、もしかしたら、西に拝みたいものでもあったのかしらん? 高天原があった・・・????

尾張弁も南を「いなみ」といいます。これと同じで、古語が残っているのでしょう。

(今は老人も知らないかも。祖父母が古い尾張弁使っていたので)

もしや西には・・・・



赤いシリウスと灘の星安曇磯良 阿知女作法と安曇磯良と七夕星神

on 7月 22, 2016

昔いましたね 赤い彗星のシャアとか言う人が・・・・

偶然ですね、赤い彗星のシャアも赤いシリウスの安曇磯良も仮面ですね。

きっとシャアは安曇磯良の生まれ変わりなのでせう。

 

こちらの記事は 

https://prt2.tukiyononeko.net/ikarihime-korasame  井光姫の大戸・おとさんと安曇磯良 向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊より一部内容を移動しました。

ところで、井光姫の氏族と、丹生族の関係がよくわからなかったので

「吉野連」で引くと、阿波踊りの連が沢山出てきますが(笑)きっと四国の吉野と繋がりがあるのでしょう。

四国には吉野川があります。四国から移動したというか、行き来していたのでしょう。記紀神話を四国に比定されたかたもおられます。諏訪大社も四国に元宮があります。

吉野氏には二流ある。

吉野眞人: これは敏達天皇の孫の出自で百済王にも繋がる王族。『新撰姓氏録』では左京皇別16番目に記載あり。吉野の支配者で、吉野連に吉野丹生族を支配させた。天武天皇の側近でもあった。

吉野連: 『新撰姓氏録』には大和国神別地祇に記載あり。「加彌比加尼之後也」とみえる。 実質の吉野丹生族の支配者。水光姫を奉祭した。『続日本紀』によれば、吉野連の一族には吉野連久治良、『続日本後紀』では、吉野連豊益、吉野連直雄がいたことがわかる。豊益は外従五位下の官位で吉野郡大領であった。 丹生とはhttp://www.yasaka.org/KOBO/sinnaber  より

 

阿知女作法と安曇磯良

「阿知女作法(あちめのわざ)」

 

安曇磯良を呼ぶのは、「阿知女作法(あちめのわざ)」と言われています。

あ~ち~め―(一度)、お~お~お―(三度)

①あめつちに きゆらかすは さゆらかす かみわかも かみこそは きねきこう きゆらならは

あ~ち~め―(一度)、お~お~お―(三度)

②いそのかみ ふるやしろのたちもかと ねかふそのこに そのたてまつる

あ~ち~め―(一度)、お~お~お―(三度)

③さつおらが もたきのまゆみ おくやまにみかりすらしも ゆみのはすみゆ

あ~ち~め―(一度)、お~お~お―(三度)

④のほります とよひるめかみたまほす もとはかなほこ すゑはきほこ

あ~ち~め―(一度)、お~お~お―(三度)

⑤みわやまに ありたてるちかさを いまさかへては いつかさかえむ

あ~ち~め―(一度)、お~お~お―(三度)

⑥わきもこが あなしのやまのやまのもと ひともみるかに みやまかつらせよ

あ~ち~め―(一度)、お~お~お―(三度)

⑦たまはこに ゆうとりしてて たまちとらせよ みたまかり たまかりまししかみは いまそきませる

あ~ち~め―(一度)、お~お~お―(三度)

⑧みたまみに いまししかみは いまそきませる たまはこもちてさりくるみたま たまかへしすなや

⑨ひと ふた み よ いつ むゆ なな や ここの たりや  (Wikipediaより)

 

古皇ふるっこは案外、星の社かも

石上布留の社は石上神宮と言われてますが、存外、「古皇」(ふるっこ)と言われるこの「ふるっこの奥宮」のおとさんことかもしれませんよ。

下の写真は「皇塔」となっています。研究者の方は大戸を大塔と書かれるかたもいるようです。

地元の方はふるっこを「古皇」と書くといっておられました。

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地元の方は奥の宮を「古皇」と呼んでいます。

 

「あちめ」とは、男神と考えられている安曇磯良を指すといわれ、「うずめ」の転訛との説もある(愚案抄)。「さつお」とは猟夫と言われる

庭燎(にわび:夜の準備)、採物(とりもの:神迎え)、前張(さいばり:神祭り)、明星(あかぼし:神送り)(Wikipediaより)

 

あちめで呼ぶのは、夜の星の神のようです。

石上神宮の石上は磯上でイソラでしょうか。

犬飼さんたちは猟師の「さつお」で象徴されるのでしょう。

シリウスは雨の神、雨の星、猟師の星 天狼星 鷲(ワシ) とも言われるそうです。

 

ふるっこ(古皇)の奥宮のおとさん(天岩戸開け)、イソラと鈿女が揃っています。

紀州の古い王(古皇)は手力男こと安曇磯良のようですし、詳しくは書きませんが、「ふる」も星のようです。

いつの御魂も「星」のようです。またいつか書きます。

 

神武と井光姫は矢を納め、戦勝祈願し、今も昔のやり方で矢をおとさんに納めるお祭りが続いているそうです。

 

こちらもはっておきます。こちらはメロディーを付けて歌ったものです。

天御中主を祀ったのが海(天)の三本柱の中の石

アメノウズメ鈿女(細女)に七夕彦星・手力男こと安曇磯良を呼んでいただいて、

手力男(開けたつ命)におとさんの天の岩戸を開いていただいて

古皇(恐らくはフルで星、星の皇)・星神「背男」かか背男、輝く星の皇の「太」力男に天の岩戸(おとさん)を開いてもらいたいです。(安曇磯良は赤っぽいのですが、現在のシリウスBは青星) 

古代は一時期、シリウスが核融合して紅く輝いていた時期があったそうです。

 

シリウスは、ギリシャ語で「焼き焦がすもの」「光り輝くもの」を意味する「セイリオス(Σείριος, Seirios)」に由来する。和名は犬星や青星(あおぼし)、英語では別名Dog Star、中国語では天狼(星) (Tiānláng (xing)) と呼ばれる。

シリウスSirius_A_and_B_artwork

写真はWikipediaより NASAの想像図 シリウスAとシリウスB

輔星のほうがシリウスブルーですね。

古代はシリウスレッドだったのでしょうか。(何故か変換でレッドアロー号がでてきます・・)

 

霜宮の火焚き神事も星に関係するお祭りです(下記参照)

https://prt2.tukiyononeko.net/heitate-simonomiya

牛神(牡牛座)を追うのは「焼き焦がすもの」=おおいぬ座のシリウス

役犬原は焼く犬原で、犬星のシリウスを温めていたのでしょうか? ‎

夏至の太陽をよんでいたのでしょう。

 

シリウスは雨の神、雨の星、猟師の星 天狼星 鷲(ワシ) とも言われるそうです。

月信仰の隼人達は月神(おつっどん)を牛神として信仰してました。

此花咲くや姫は梅の姫です。

隼人の子孫、縣犬飼三千代は梅宮大社で、隼人の祖、大山杭と此花咲くや姫を祀りました。

縣犬飼氏などの隼人達は、黒潮に乗って伊勢や諏訪に移住したのでした。

いぬかいぼし【犬飼星】 牽牛(けんぎゅう)星。彦星。《季 秋》犬飼は星の名前でした

                      (天津甕星は天の三筒星★隼人の月読・星信仰★天津甕星3参照)

https://prt2.tukiyononeko.net/heitate-simonomiya   より

 

春日大社では安曇磯良が覆面して「細男・せいのお」(塞男・背男→かか背男)とされているけど、

犬星のシリウスと犬飼星が名前が似ていることから合体し、犬星=犬飼星・彦星となり、混乱しているのかもしれません

 

隼人たち海人族は水の中にいるけど、神や祖先の魂は天の川、海=あめ=天にいる

 

神宮皇后の戦勝時に、手長幡を振って勝利に導いたことから、手長彦と手長姫は軍神とされたのでしょう。

春日大社では彦星 手力男・軍神安曇磯良に覆面をさせ、名を隠して密かに祀っているのでしょうか。

 



井光姫の大戸・おとさんと安曇磯良 向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊

on 7月 22, 2016

向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊 関連でもう少し

大・・・おおきい。多い。

歴・・・へる。とおる。

 

万葉仮名で読むと恐らくは、「おおふ・おおと」で「覆う」「大戸」「大船」とも読めます。

 

「おおと」で思い出したのが、井光姫のいひか・いかりの里のおとさん

大戸と書くそうです。研究者の中には大塔宮の大塔と書く方もいらっしゃいますが、地元の方は大戸と書かれるそうです。

 

井光姫の里(井氷鹿の里)のおとさん・大戸さん

おとさんは岩です。大石=大歴です。井光姫が神武のために戦勝祈願した岩です。

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井光姫の里(井氷鹿の里)のおとさん・大戸さん

里の人は親しみを込めて「おとさん」と呼んでました。

おとさんにお参りに行ったと言ったら喜んでおられました。

おとさんは愛されているんだと思いました。

 

御船の滝

おとさんは井光川を遡った御船の滝から昇った山の上です。

https://www.google.co.jp/maps/place/%E5%BE%A1%E8%88%B9%E3%81%AE%E6%BB%9D/@34.3448657,136.0049359,17.03z/data=!4m5!3m4!1s0x0:0x73e8f1a7e5a03f86!8m2!3d34.3450538!4d136.0072426

御船の滝というのも気になります。 御船の滝はそれはそれは気持ちのいいところでした。

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面ぞ大石 面ぞ覆いし

安曇磯良は海の中にいて、顔を牡蠣が覆って醜いために、覆面をしている設定です。

おとさんの写真を見て思ったのですが、おとさんは牡蠣殻におおわれているようにも見えます。

おとさんは安曇磯良か、おとさんを安曇磯良に見立てたような気もいたします。

安曇磯良は踊りが大好きなので、やはり隼人ではないでしょうか?

 

もし、高良玉垂こと安曇磯良が井光姫のお父さん(祖ということもあります)の白雲別命なら、木瓜紋の由来と白雲別の名前からして、https://prt2.tukiyononeko.net/tamadare-isora  参照

おとさんはもしかしたら安曇磯良の依代で、

安曇磯良は、おとさんの様子から顔に牡蠣殻がついていることになったのではと思いました。

 

船盡(ふなはて)神社 「船尽神社」のご祭神 天手力雄命 

伊太祁曽神社(祭神 五十猛)が現在の社地に静まる以前には、日前神宮・国懸神宮(ひのくまじんぐう・くにかがすじんぐう=通称:日前宮にちぜんぐう)の社地にお祀りされていたようです。

安曇磯良は五十猛命とも言われています。磯建良で五十猛命

紀州(貴舟)では手力男が以前は「太陽神」として祀られていました。

国懸神は手力男とされています。https://prt2.tukiyononeko.net/mukate

 

「面ぞ大石」と解釈でき、転じて

「顔は大石」と解釈すれば、安曇磯良はおとさんの擬人化か、それとも安曇磯良という祖神がおとさんを依代としたと考えられないでしょうか?

 

三本柱の三角は天御中主を祀ったもの?

男聞襲大歴を「おもぞおおいし」と読んだときの

覆面の安曇磯良のお墓は海中にあり、三本柱で三角の中に石を置いたものです

船尽神社 にも同様のものがありました。真ん中に石があり、これが安曇磯良が顔に牡蠣を付けているようにも見えます。

下の写真はWikipediaより こちらも本来は水の中にあります。

この神社Konoshima-jinja_mihashira-torii

木島坐天照御魂 コノシマニマスアマテルミタマ 

というのはもしかしたら、手力男のことかもしれないと思いました。木=紀、島=州の意味ですので、

紀州・貴船 「貴船(太陽の船)・紀州(貴い中州=島)にいらっしゃる天照の御魂」

ということは、貴船は「太陽の船(貴船)の天照の御魂」になります。

安曇磯良のお墓とされているのは、「あまてる・天照」こと天御中主を祀ったものではないでしょうか?

 太陽神というより、星でしたら、古代は夜空にひときわ輝いていた星があったそうです。

 

「たなばた」は日神を産む神 西の織姫・東の彦星(犬飼星)

伊勢の内宮の手力男は東殿にいます。

織姫と彦星(犬飼星・手力男)は貴船という太陽の船で、夜太陽を太陽の船で運び、昼の太陽の船が昇る前に天岩戸を開けます。

オリオンは大犬座・小犬座を連れる→犬飼→犬飼星=彦星=手力男 となったのでしょうか

 

七夕の彦星(ひこぼし、牽牛星(けんぎゅうせい)アルタイル・わし座α星・犬飼星

そして織姫は西殿にいます。織姫星です。ベガ(ヴェガこと座α星)

ベガは、アラビア語で「急降下するワシ(ハゲワシ)、アラビア名は「(木の枝に)留まっているハゲワシ」

参照

https://prt2.tukiyononeko.net/amatumikaboshi5

https://prt2.tukiyononeko.net/mizutokunokeifu

七夕姫と彦星犬飼星と太陽神の三柱で、天照=天御中主

隼人はワシからきているのではないでしょうか?

「木」に泊まっている「ワシ」、高木神は鷹木神・・・

高御産巣日神は・・・高い木の巣(洲)にいる日神を産む神

こういった連想で、神名をつけたのではないでしょうか?

 

海=あま=天 

そうしますと、「天照」は、二神の親の「天御中主」にあたるのではないでしょうか?

天照は女性で、星神の天御中主のことかもしれません。

とすると、海の中の安曇磯良の墓とされているのは、天御中主の象徴に思われます。

(瀬織津姫と天御中主は別神です。建水分神社では天御中主と瀬織津姫は別神として祀っています)

 

 

七夕姫と彦星(犬飼星)と太陽神の三柱で、天照=天御中主

 

天御中主と菊理姫 廣田神社の撞賢木厳御魂天疎日向津比賣

九州の水天宮では天御中主は白山菊理姫とされているそうです。

今までのことから

 撞賢木厳御魂天疎日向津比賣は廣田神社のご祭神菊理姫と思います。

建水分神社でも瀬織津姫と天御中主は別の神としてまつられています。

 

廣田神社の以前のご祭神が瀬織津姫だったのは、中臣神道によって、菊理姫から瀬織津姫に変えられたのではないでしょうか?

それで本来の菊理姫に戻したのではないでしょうか

 

武蔵一宮の小野神社も櫛真智命から、瀬織津姫と天下春命にご祭神を変更しました。

櫛真智命も高木神の子(子孫)です。

橘奈良麿の変の後、丹生都姫を祀っていた丹生氏は橘奈良麿側であったために藤原氏に迫害されて、ご祭神を櫛真智命と丹生都姫・アラハバキから瀬織津姫と天下春命に変更したようです。

 

神奈川の相模の小野神社はご祭神はもとは春日明神とアラハバキです。天下春命に変更したそうです。現在も境内に春日明神とアラハバキが祀られています。春日氏と同族の小野小町の伝説も残ります。小野氏と春日氏は同族です。

奈良の春日大社の土地は本来は春日氏のものでしたが、藤原氏が権力に物言わせて春日氏を移動させたそうです。春日氏を説得したのは、春日氏と同族の粟田真人(あわたのまひと)。

粟田真人は不比等の腹心です。粟田真人は海人族の宮子を不比等の養生としたそうです。(春日神社のサイト参照)

 

藤原氏は鹿島神宮の鹿島明神の神霊を橘氏に命じて春日大社に鹿で運ばせます。

橘氏に春日大社も建立させます。

鹿島明神が安曇磯良です。春日明神は橘氏の娘を依代にしたことがあります。(過去記事参照)

古代の神は子孫以外に祀られると祟るので、縣犬飼氏と結びついて軍神安曇磯良を祖神として獲得することは藤原氏にとって重要だったのではないでしょうか? 

 

織姫は水に潜るので菊理姫(くくり姫)

織姫は水に潜り新しい太陽王を誕生させます。それ故くくり姫・菊理姫

隼人たち海人も水に潜ります。

白山かどうかはしりませんが、水に潜る隼人や海女が投影されて、水に潜るくくり姫(菊理姫)とされたのではないでしょうか?

オキノタナバタが七夕姫

ナダノタナバタが彦星

 

船盡神社の「歯の辻神社」は当て字で、歯の辻=八の辻=天上界にある八路の辻・天の八街(やちまた) のことではないでしょうか?https://prt2.tukiyononeko.net/tukisakaki-hiura 貴船神社の船盡比賣命は撞賢木厳御魂天疎日向津比賣 内宮の栲幡千千姫? より

 

「灘の国の星」ならぬ灘の星は彦星・犬飼星の手力男のようです。

 

こちらを見ると、西の織姫・東の彦星(犬飼星)でどちらも「たなばた」「あまのかわ」と呼ぶようです。

ベガ・アルタイル

(それぞれ別名を持つもの)メンタナバタ-オンタナバタ(香川・山口)、オッタノタナバタ-メッタノタナバタ(富山)、サキタナ-アトタナ(愛媛)、ニシタナバタ-ヒガシタナバタ(福井)、オキノタナバタ-ナダノタナバタ(京都)ベガ&アルタイル

(名前を共有するもの)タナバタ、女夫星ミョートボシ、フタツボシ、天の川アマノカワ(千葉)、天の川星アメンクラブシ (Wikipediaより)

牛座のプレアデス星団(スバル)はみすまる・いおつ御統です。牽牛は牛座を率いて昇る手力男。

白鳥座のデネブは古七夕フルタナバタ(京都)というそうです。「ふる」がでてきました。

高良玉垂(安曇磯良)は五十御統の昴の玉を垂らすひとではないでしょうか?

 

「 七夕たなばた」は「てなはた」、手長幡ではないでしょうか?

手長彦と手長姫、が「たなばた」になったのではないでしょうか?

 

どうして藤原氏が縣犬飼氏と婚姻関係を結び続けて大切にしているのか、なんとなくわかってきました。

 

稚日女は日の出の女神です。

丹生都姫は稚日女といいます。丹生都姫も稚日女です。丹生都姫は日の出の太陽とされたのでしょう。

神宮皇后の影響下で、廣田神社のあたりですとか、住吉明神とか一緒くたになってわかりにくくなっていると思いますので、まだ調べたほうがいいような気がします。

住吉明神は海部氏系ですが、海神族繋がりで、安曇磯良と同族なのでしょうか?

 

 

戸隠神社の中社社前の三本杉

そして、戸隠神社は中社社前の三本杉です。ほぼ正三角形に植えてあります。樹齢も700年くらいだそうです。

井光姫の里の人たちも下のほうに700年くらい前に移動してきました。出雲大社のうず柱も三本で三角形になっています。

偶然でしょうか?

700前年くらいは西暦1300年くらい、南北朝くらいでしょうか。

もしかしたら、安曇磯良の子孫の犬飼さんたちがこの時期に移動するようなことがあったのかもしれません。やはり南北朝動乱からみでしょうか。

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戸隠神社中社の三本杉の一本

阿知女作法と安曇磯良の部分は

https://prt2.tukiyononeko.net/achime-isora 阿知女作法と安曇磯良と星神 に移動しました。

 

 



戸隠神社 奥社の九頭竜大神に梨を供える理由

on 7月 20, 2016

戸隠神社 奥社の九頭竜大神に梨を供える理由

ところで戸隠神社の九頭竜大神に梨を供えるのはリー族と関係があるのではないかと調べたら、ビンゴでした・・・

祟神天皇となって記録された人物が薦神社に置き土産をしている。この人の紋章が『時計回り一つ巴』である。この祟神天皇の子供の一人、久留米の豊城入彦(元、田主丸の豊木におられた)、大分から移ってきた時にそこにいた。祟神が自分の息子のうちの一人を四道将軍として関東に派遣した茨城県の神住町、鹿島神宮(海幸彦)の武の神様があるところである。ところがこの系統は子孫が威張るという悪い癖がある。福岡地区でその威張るという例をみることができる、福岡市の海岸沿いの西の果て、西浦に白木神社があり、ご祭神は山幸彦であるが、山幸彦の奥様(伊勢の外宮様)の元の旦那である海幸彦が手離さないので、山幸彦は頭にきている。京都の伏見大社の構成は、本当は山幸彦のグループで本当の実力者は奥さんの伊勢の外宮様である。それを元のダンナが手離さない。ヒョウガリーライ、ピンホーリーライ(黎族の〇そ野郎、来るなら来てみろ)、西浦の白木神社が一年に一回いまでもそのことを祭りでやっている。

海幸彦は中国大陸にいた頃は黎族といっていた5000年前、黎族の一部が通称、漢民族に追われて、3000年かかって追いこめられた場所が雲南省で、そこにシナ城(シナ族)を作った。そこも追われて、二つのグループにわかれ、一つは櫛田神社のグループの大半は紅河がながれベトナムのハノイに到着する。シナ城のグループはメコン河を利用して南ベトナムの方に流れ込んだ、そして、二つのグループとも海南島で態勢を整えて、日本に移住しようということを打ち合わせた。http://goo.gl/maps/2hr7p 日本にきて天草・苓北に上陸した。 http://goo.gl/maps/Yxsyr 

そこにしばらくとどまった。日本にきてからは黎族とはいわず耳族(彦山の天忍穂耳)とも称した、そして、阿蘇に移動した。そのころ日本には既に高木の大神系のたくはたちじひめ、ヘブライ人が勢力をもっていた。高木の大神の一族は、日本の皇室と縁組をしていた。日本の怡土に住んで居られて中国の漢民族が派遣していた日本統治のための事務所が糸島にあった、そういう尊い方と縁組をしていたので高木の大神は威張るだけの力があった。その威張ったあとの面影がどこに残っているかというと、熊本荒尾の虚空蔵山、草部(かやべ:朝鮮半島の伽耶、糸島にもある伽耶)吉見神社、今は雲仙市になっているが、もとの地名は雲仙市ではなかった諫早にたいへんちかい有明海側のほう、ここに高木の一族の古い古い遺産が残っている。ここに高木の紋章と鍋島の紋章が合体した独特の紋章(つたの紋章)をみることができる。  http://www.sysken.or.jp/Ushijima/momoshimaworld.html より

 

やはり九頭竜大神の梨は黎族のリーから来ていそうです。

リー族だから梨でしょうか?

 

ただ高木神がヘブライ人というのはどうでしょうか?

戸隠神社 奥社 九頭竜大神
戸隠神社 奥社 九頭竜大神

 

戸隠神社九頭竜大神

 



天照は星神 天御中主 紀州は木船・貴舟から?聞襲は「紀州・貴船」か 向匱男聞 襲大歴五御魂速狭騰尊

on 7月 19, 2016

琉球方言で 向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊 を読んだらどうかと気になりました。

というのは

対馬の高御魂神社[タカミタマ]にある伝承: (高御魂神社[たかみむすび]「高皇産靈尊」) 神体がうつほ船に乗って漂着した霊石であるとの伝承がある。皇祖の高皇産霊神と同一神である。(長崎県下県郡厳原町豆酸字東神田 628)  http://www.dai3gen.net/gishi04b.htm より

「霊石」、石が関係するのでは?と。磐楠舟とも言いますし

おひじゅるさまとか沖縄に行った時にありましたので

 

それと、もしかしたら、「聞襲」を「ももそ」と読むのではないかと

【百人御物参 (ももそおものまいり)】 うまく再生できないようですので「百人御物参」で見てみて下さい。
https://www.youtube.com/watch?v=B57DSTfKNc4

袋中『琉球神道記』には

「託女三十三人は皆以王家也。妃も其一つなり。聞補君を長とす。都て君と称す。」とあり

聞得大君 のことを 「聞補君 きふふきみ」という KIHUHU 

 

聞襲 は紀州と貴舟?

琉球方言で、チフィウフジン(聞得 大君) CHIFI UFU という音や、

「聞補 きふふ」からすると 向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊 の 聞襲は

聞 ちふぃ・きふ   と読め

襲    しゅう      とも読めます。

「ももそ・聞人・百人」であり モモソ姫の「百襲」

百襲姫・モモソ姫も聞得大君も神の声を聞く人でした。

 

襲はシュウ(シフ)・おそう かさねる、あとをうけつぐ。おそう。

襲は音からすると、「舟」のシュウ(シウ)・ふね・ふなで、船・舟もしくは

紀州(貴舟)

紀州・貴舟

聞襲は聞舟と読み替えられ、「きしゅう・き(ふ)ふ(ね)」と読めます。

貴舟・来船・木船で、はもしかしたら、「きふね」貴船か「きしゅう」紀州

 

船盡比賣神社の木船ノ神は貴船

天ノ仁木命、亦の名を建羽雷命 亦の名は角凝魂命と申して大和國鳥見白庭山に天降る後に賀茂別雷神とし齋祀られたる弓矢神 天ノ磐船ノ神此なり
其妃を船盡比賣命といふ こは木船ノ神、屋船ノ神 なりとの御系をませば御名を稱へ申して其の夫神 建羽雷命と共に倭文ノ神と齋祀られし玉へ、御社は名西郡長谷村船盡比賣神社此なり http://awa-otoko.hatenablog.com/entry/2015/12/05/191119

 

船盡比賣命こと木船ノ神(貴船の神?)は建羽雷命と共に倭文ノ神とされたようです。

天羽槌雄神:玄松子の祭神記

『古語拾遺』に、天照大御神が天岩屋に隠された際、 大神に献上する文布(しず)を織った神で、倭文氏の祖神。 ちなみに倭文宿禰の祖は神魂命、倭文連の祖は神魂命の子・角凝魂命http://www.genbu.net/saijin/hazuti.htm より

船盡比賣命と建羽雷命と夫婦で倭文ノ神

倭文ノ神が天津甕星を退治(談判?)したとされている神です。

 
 

大歴は 「大石 おおいし」と読めます。

貴船大石・・・貴船神社には「舟形石(ふねがたいわ ふねかたいわ)」があります。

福島県伊達市霊山町にも大石貴船という地名があります。

 

手力男は神話では天岩戸を開いたとか、大石を投げたのが戸隠連峰になったと言われています。

岩・大石つながりです。

 

そして、紀州(貴舟)では手力男が以前は「太陽神」として祀られていました。

これは偶然ではないと思います。https://prt2.tukiyononeko.net/tukisakaki-hiura  参照

もしかしたら、貴船神社は「紀州の神の社」という意味も含んでいるのではないでしょうか?

 

紀州は木船・貴船から?

船で来た人達が移住したから、紀州かもしれません。

紀州はもしかしたら、木船・貴船から撮った名前なのでしょうか

 

稲荷鬼王神社(いなりきおうじんじゃ)

宝歴2年(1752年)紀州熊野より鬼王権現(月夜見命、大物主命、天手力男命)を勧請した鬼王神社

この神社の鳥居両脇には、一対の奇妙な形の狛犬が鎮座しています。口伝によるとこの狛犬は山犬だとされていて、鬼王神社が狼信仰に関わるお社だったことが分かります。鬼王権現の一柱として祀られている手力雄命は、紀州から信州戸隠山に移住した犬飼集団の氏神でした。鬼王神社も戸隠と同様、紀州から移住してきた犬飼集団の氏神だったのではないかと思われます。http://www.raifuku.net/special/wolf/map/area/kanto/shrine/inarikiou/inarikiou  より

犬飼氏の狼さんもでてきました。狼には別の意味があると思いますが、また別の記事で

ウルフfree-wallpaper-4

平将門さんの幼名は鬼王丸ですが、鬼王というのは木・貴・紀の紀州の王 という意味も含まれているのではないでしょうか?

手力男は古い太陽王で、貴舟・紀州の王「鬼神の王」だったのかもしれません。

手力男とは強い男でしょう。古語の鬼は強いという意味です。

鬼は「かみ」とも読みます。九鬼は「くかみ」と読みます。紀州の九鬼水軍を連想します。

 

手力男は彦星・犬飼星

手力男は彦星とされています。彦星を「犬飼星・九曜の星」とも言います。

天河弁財天から戸隠神社の九頭竜弁財天さんは分魂されたと聞いています。水の神さまを祀る貴船神社が、四国の船盡神社と船盡比賣命神社の天鳥船の磐楠船と木の船神さまが紀州に、そして戸隠神社に勧請されたのかもしれません。紀伊國伊都郡丹生川上天手力男意氣績ゞ流住吉大神も紀州です。

 

撞賢木厳御魂天疎日向津比賣と向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊 は織姫・栲幡千千姫と彦星・手力男でしょう。

 

縣犬飼氏や橘諸兄の里の井手の里に京都の貴船神社の元宮があると聞きました。

 

やはり縣犬飼・犬飼氏繋がりです。弁財天さんは貴船神社のご祭神でもあります。

 

木船ノ神は貴舟の神 木は貴と表記できる

神魂命の子孫の犬飼・縣犬飼氏と同族で八木氏がいます。

吉備真備のお母さんが楊貴氏だそうです。楊貴は当て字で、吉字を選んだのではとされています。

楊貴氏は八木・夜疑などと書きます。

ということは「木・貴」などは音として同じで、貴船・木舟とどちらの表記でも可能です。

ですので、木船ノ神は貴舟の神でもあるのです。

 

ちなみに、橘奈良麿の変の後、奈良麿は九州で生き延びてました。吉備真備の領地が杵嶋のあたりでしたので、吉備真備に匿われたのではと言われています。

杵嶋も「きじま」とも読みます。木島は杵嶋・・・・

 

木嶋坐天照御魂神社の天照は星神で天御中主命

神魂命の子孫は「きしま・木島・紀州→貴舟」と関係が深いようです。

この神社Konoshima-jinja_mihashira-torii

木嶋坐天照御魂神社 画像はWikipediaより

 

やはり貴船神社は神魂命とも関係が深そうです。

紀州(貴舟)では手力男が以前は「太陽神」 でした。

手力男は彦星・犬飼星で、太陽神というより、夜を照らす日で明るい星のことだったのではないでしょうか?

夜の太陽の船である星という意味でしょうか。

 

吉備真備の母は楊貴氏(八木氏)神魂命の子孫

吉備真備のお母さんが楊貴氏(八木氏)で、八木氏の息子の吉備真備も縣犬飼氏と同族の神魂命の子孫で、橘奈良麿とは親戚になります。

船盡比賣命はやはり貴船神社のご祭神のようです。

 

天照は天御中主で星神

ということは天照は天御中主で、木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)のご祭神は

主祭神  天御中主命
     大国魂神
     穂々出見命
     鵜茅葺不合命

この天照は星神ですね。

手力男も彦星・犬飼星です。理由はまた詳しく別の記事で書きます。

 

縣犬飼氏の氏神も手力男でした。手力男と九頭竜さんを祀る信州の戸隠神社の奥社の宮司家は以前は犬飼氏でした。

縣犬飼三千代の子孫の橘奈良麿の孫が九鬼水軍の熊野国造家に養子に入ってます。

やはり繋がりがあったので養子に入ったのでしょう。

 ウルフwallpaper-19

聞襲はそのままで「きそ」木曽へも繋がるか?

「いたきそ」が紀州にもありました。関係があるのでしょうか?ありそうですね

伊太祁曽神社は我が国に樹木を植えて廻ったと 『日本書紀』 に記される 「五十猛命(いたけるのみこと)」 を祀る神社です。植樹神五十猛命は一般には「木の神様」として慕われています。
  また 『古事記』 には 「大屋毘古神(おほやびこのかみ)」 として記され、災難に遭われた大国主神(おほくにぬしのかみ)の生命を救った話が記されています。このことから ”いのち神” ”厄難除けの神” の信仰が篤く・・・

伊太祁曽神社が現在の社地に静まります以前には、日前神宮・国懸神宮(ひのくまじんぐう・くにかがすじんぐう=通称:日前宮にちぜんぐう)の社地にお祀りされていたようです。
日前宮のご鎮座が垂仁天皇16年と伝えられていますので、その頃に山東(さんどう=現在の伊太祈曽)に遷座せられたようです。
しかしその場所は現在の社殿のある場所ではなく、南東に500mほど離れた「亥の森」と呼ばれる所でした。   http://itakiso-jinja.net/ 伊太祁曽神社のサイトより

「船盡比賣命といふ こは木船ノ神、屋船ノ神」

五十猛命も木の神・大屋毘古、屋は八で「や」・矢

 

「亥の森」は猪 これは神様の乗り物として一番速い動物です 太陽の鳥船

亥は「井」つまり星に通じます。犬は犬飼星(彦星)・犬星のシリウス

 

五十猛命が手命力男なのでしょうか?

国懸神は手力男とされています。https://prt2.tukiyononeko.net/mukate

安曇磯良は五十猛命とも言われています。磯建良で五十猛命

 

同一人物ではないかもしれませんが、系図では饒速日の息子とされた五十猛命こと弥彦はもしかしたら、安曇磯良かもしれません。

 

饒速日と徐福は別人

徐福が饒速日という説もありますが、その説ですと、徐福は三輪大神(石和大神)オオナムチの息子ということになります。

それはありえないので、饒速日と徐福は別人であると考えます。

 

大国主とオオナムチも別人というか、大国主は出雲族の代々の王のことで、オオナムチは苗族系で、最高神のことらしいのです。

 

 

 

 



覆面の安曇磯良は玉垂命・井光姫の先祖? 住吉さまはヒコナギサタケ?

on 7月 17, 2016

覆面の安曇磯良は玉垂命 住吉さまはヒコナギサタケ

引用の「高木の大神系のたくはたちじひめ、ヘブライ人」のヘブライ人は色黒小柄だったんでしょうか?

 

神相撲で住吉さまは色黒小男として表わされます。

こちらが「海幸彦」系?

 

こちらのルナさんの記事を見ると玉垂命が安曇磯良、住吉はヒコナギサタケであることがわかります。

http://lunabura.exblog.jp/24466424/

玉垂大菩薩が誰であるのか。私は「安曇磯良とその奉斎する綿津見の神」という立場を取っています。

安曇磯良とする証拠も見つかりました。

22条(祭礼の次第の事)一、大菩薩抱き奉る次第の事、覆面の絹一疋、(略)

高良大菩薩に奉納するのが「覆面」の絹です。これこそ安曇磯良の顔を覆う白い布だと思います。

40条(幸行有る時の次第の事)
一、住吉の御鎧白糸、八幡の御鎧黒糸、大菩薩御鎧緋縅。(略)

赤い糸!高良大菩薩です。そして、神紋は木瓜(もっこう)。

311条【訳】高良の御紋の木瓜(もっこう)のこと。

神功皇后が筑前国四王寺の嶺で大鈴を榊の枝に掛けて七日間、異国の退治を祈られた時、東の空に白雲が現れ、四方に開けて四方に光を放ち、四王寺の嶺に降られた。

四方に開けた白雲は四天王である。御紋の中に四本の鉾を抱えているのは四天王の鉾である。これをそのまま門光(もんこう)と名付けた。

異国追伐の時の高良の御紋はこれである。四方に光を放っているので門の光と書く。高良、四天王に従して天下られる所を四王寺が嶺と名付けた。

もっこう木瓜紋

これが高良山の御神紋の木瓜紋で、門光とも書きます。
神功皇后が四王寺山で祈った時、白雲が現れ、四つに分かれて光を放ち、その中央には四天王の鉾が現れたということです。

 

<住吉明神>

神紋は「五七の桐」。横向きです。これを「桐の臺(とう)」ともいいます。

309条【訳】住吉の御紋に桐の薹を使われることは、鵜戸の岩屋でウガヤフキアワセズの命をお生みする時、御産屋に桐の葉を敷かれたことによる。

産屋の傍の板も桐の木である。その桐の木、桐の葉を採った所を桐嶋と名付けた。これにより、異国を攻められた時も桐の薹を御紋として御攻めになった。

住吉と申すはヒコナギサタケの御ことである。

住吉神はウガヤフキアエズの事だと書かれています。産屋(うぶや)に桐の葉を敷いたことから桐の紋になったと書かれています。

ウガヤフキアエズ

住吉=ウガヤフキアエズ

 

(太字と画像添付は筆者)

高良玉垂命は安曇磯良だとわかりました。神宮皇后の半島出兵のときは、もう安曇磯良は亡くなっているでしょうから、高良玉垂命は安曇磯良。

 

安曇磯良は井光姫の父白雲別命か?

神武天皇を助けた吉野の井光姫のお父さんは白雲別命といいます。

白雲別命はどこにも出て来ない、丹波のほうの山に降り立ったらしいというのはわかっています。

「白雲が現れ、四方に開けて四方に光を放ち」(追記: これはもしかしたら、輝く星がガスの中で光ながら現れるという事?)

井光姫のお父さんは白雲別命ではないのでしょうか?

だとすると、井光姫のお父さんは高良玉垂命こと安曇磯良

シリウスA

そして紀氏が入る前の紀州の王・太陽王は手力男らしいことがわかってきました。

神宮皇后の影響で、「住吉明神」と安曇磯良を一緒に祀ったために混同したのかもしれません。

 

地元吉野では丹生都姫たちが船で移住してきて、ヤタガラスたちは山に追いやられて、それで神武側についたことになっています。

追いやられたのが安曇磯良たちで、安曇磯良の子孫の井光姫たちがヤタガラスとして神武天皇を助けたなら辻褄が合います。

ところが勢力を持っていた紀氏の祖天道根が紀州を治めることになって、井光姫の父白雲別命は日前宮などには祀られないことになったなら、井光姫たちはがっかりしたと思います。

 

丹生都姫・名草戸部は大柄らしい

名草戸部の子孫のあの小野寺さんが、昔、おこべ神社には名草戸部かどうかわからないけど、骨があって、大柄な人のものだったとおっしゃってました。

ポリネシアンならメネフネなど小柄な人とすごく大柄な種族といますけど、丹生都姫や名草戸部もポリネシアンだったのでしょうか?

丹生都姫たちに追いやられたヤタカラスたちは小柄だとおっしゃってました。

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絵巻では犬飼明神こと丹生都姫の子(子孫)大名草彦は大柄に描かれています。

空海と対比すると大男だったのがわかります。

犬飼明神だけに神魂命の子孫なのでしょうか?

井光姫のご末裔の天河弁財天の宮司様は大柄です。息子さんも大柄です。

安曇磯良の子孫は丹生都姫の系統と結婚して、大柄になったのでしょうか?

それとも、違う氏族なのでしょうか?

 

むしろヤタガラスはメネフネ伝説やコロポックルのように小柄だとすると、ヘブライ人ではなく南方系の民族だと思います。神武を案内したヤタガラスは小柄だと言われています。

「弥五郎どんは山幸彦です。山幸彦の別名はおおやひこ、弥五郎どん、北陸の弥彦神社もみんな山幸彦」http://www.sysken.or.jp/Ushijima/momoshimaworld.html より

弥五郎どんはすごく大きいです。

小柄な海幸彦系に対して、山幸彦は大柄なようです。

 

九州の意味は九鼎からきていて、「中国」という意味です。

 

でも元々中国には日本人の先祖たちがいたのです。アーリア人の血が入った漢民族に南方に追われて、日本に来たのです。

 

彦星・犬飼星は「九曜の星」とも言います。

古代より、世界共通で九曜紋を使うのは王の印とされています。エルCanaanite_God_El ギルガメシュThe Chaldean Account of Genesis』におけるIzdubar  八束剣

九頭龍弁財天 九曜紋

手力男は古い太陽神とされました。

太陽王だった名残が「九曜の星」であり、九頭竜大神・九頭竜弁財天に象徴されていると思います。

安曇磯良は表に出られないので覆面なのでしょう。ヤタガラスとして表に出ないのでしょうか?

太力男が、春日大社などで「細男」として演じられています。

 

春日大社 若宮おん祭より「細男(せいのお)」部分

鈿女の「うず」はウトゥで、太陽を意味します。でも「太」とは書かないで「細」とするのは封じ込めでしょうか?それともただの当て字でしょうか?

「戸神神社鎮座考」では「せいのお」は「背男」は「ヤオ・塞男」であろうと書かれています。港という境界を守る神、船戸の神・岐神という意味です。

やはり手力男が船尽神であり、高良玉垂命・安曇磯良でしょう。

 

安曇磯良のお墓と船盡神社と蚕神社の三柱鳥居と同じ形

安曇磯良のお墓は海の中にあり、船盡神社の真ん中に石がある三本柱と同じです。

そしてそれは蚕神社の三柱鳥居と同じ形です。

写真はWikipediaより

この神社Konoshima-jinja_mihashira-torii

木島坐天照御魂 コノシマニマスアマテルミタマ

もしかしたら、手力男のことかもしれないと思いました。

熊野の古い太陽王を祀っているのかもしれません。

木島は貴島(州)→紀州・貴船

 

五十猛は鬼神、弁天さまも鬼

そして五十猛のお墓は出雲の鬼神神社にもあります。

日本書記によると、スサノオノミコトは、子供であるイソタケルノミコトを連れて、

新羅から「鳥上峯(船通山)」に降り立ちました。

この時、スサノオノミコトが乗って来た埴土船が岩化したと伝えられる巨石の「岩船大明神」が鬼神神社の鳥居右手に祀られています。

『スサノオノミコト』・『イソタケルノミコト』が御祭神で、神社裏手の山には「イソタケルノミコトのご陵墓」と伝えられる古墳があります。https://www.okuizumogokochi.jp/4995

 

埼玉県の嵐山町の鬼鎮神社(きじんじんじゃ)

御祭神:衝立久那止命(つきたつくなとのみこと)、八衢比古命(やちまたひこのみこと)、八衢比賣命(やちまたひめのみこと)

こちらの節分の掛け声は「福は内、鬼は内、悪魔外」、これも天河弁財天の節分と同じ。

 

天河弁財天の宮司様は井光姫の子孫ですが、役小角の弟子になって、前鬼と呼ばれています。修験者です。

鬼と弁財天さんが繋がって来ました。

やはり賢木厳御魂天疎日向津比賣は船盡比賣で弁天さま貴船神社の女神、

安曇磯良・五十猛は鬼神の手力男ことは船盡神で向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊

 

鬼というのは「穏」で隠されているもの、表に出ないもの、でも最先端の知恵と知識と強大な力を持っている。。。。それを安曇磯良の覆面は表現しているようです。

 

八つの太陽を射落としたり、「鬼」の字を矢で射たり、これは古い太陽王を殺し、新しい太陽王とするための儀式なのでしょうか?

ヤタガラスげい射殺小

九鬼から八木(鬼)を引くと、木は一本になります。

八本の矢は中心の太陽から放たれる矢(屋)(八木)であり、太陽光線の輪宝 ☸ です。

an an おろちのひれ じゅうろく菊花紋

 

紀伊國伊都郡丹生川上天手力男意氣績ゞ流住吉大神は、現在は相賀八幡神社 (和歌山県橋本市胡麻生237)『南海道紀伊国神明帳』によると「天手力雄・気長足魂・住吉神とあり、」

住吉明神と手力男と気長足魂(神宮皇后?)で、向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊 はもしかしたら住吉明神と手力男こと安曇磯良を混同させた名前かもしれません。

 

気長足魂(神宮皇后?)も神宮皇后を祀っているようですが、姫神も神功皇后に置き換わってしまったのかもしれません。https://prt2.tukiyononeko.net/mukate.html星神 向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊は手力男・天津甕星

 

160714_134718
戸隠神社中社
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戸隠神社 奥社
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戸隠神社奥社 手力男命

 

次回以降に系図を詳しく比較していきます。

 

 

 



貴船神社の船盡比賣命は撞賢木厳御魂天疎日向津比賣

on 7月 17, 2016

撞賢木厳御魂天疎日向津比賣 について「ひうら」という読み方はできないかと思いました。

 

ひうらつひめ

「ひうら」という地名はないかと探しましたら

徳島県那賀郡那賀町

高知県長岡郡大豊町

高知県吾川郡仁淀川町

などがありました。

 

こちらに

「船盡神社」があります。

船盡神社(ふなはて) 「船尽神社」

神山町阿野字歯ノ辻一番地

祭神 船盡比売命 天手力雄命 「歯の辻神社」と称し歯痛を治す神

船盡(ふなはて)神社 「船尽神社」

清和天皇の貞観十四年(八七二)十一月阿波国船尽比売神社に従五位下とみえる。 船尽とは読みどおり船着き場(ふなと)で、すぐ下流の式内麻能等比古神社(祭神は水門の神速秋津比古命)と夫婦一対で祀られたものと考えられる。 すなわち祭神は速秋津比売命ですぐ上流の少童神社と合わせ特に重要な古代の関所であったと思われる。 鮎喰川は大正年間まで帆を懸けた船によって物資が上流まで運ばれていたが古代高天原に上る要路であったと推定される。

「大嘗祭」の「阿波に秘められた古代の謎」より・・

 

鮎喰川 ちょっとこの地図は場所がずれてしまいました

あゆくい川

「船盡神社」おふなたさんの対岸には船盡比賣神社があります。

船盡比賣神社の地図

https://www.google.co.jp/maps/place/%E8%88%B9%E7%9B%A1%E6%AF%94%E8%B3%A3%E7%A5%9E%E7%A4%BE/@34.0425413,134.4188831,15.47z/data=!4m5!3m4!1s0x35530a25d5429fcd:0xe42f334686793932!8m2!3d34.043857!4d134.4253338

 

 船盡比賣神社

船盡比賣神社

徳島県徳島市入田町大久

船盡神社のご祭神の天手力雄命は船盡比売命 と夫婦なのでしょう。

地図を見ていただくとわかるように、船盡神社の前の港は古代は栄えており、インドの大型船も遡って来たそうです。

 

 船盡神社 歯の辻神社は八辻=天の八街(やちまた)天の八衢

先日行った戸隠神社の奥社(祭神天手力男神)の九頭竜大神も「虫歯の神」でした。

九頭竜大神には梨をお供えするそうです。

手力男もご祭神です。船盡神社の「歯の辻神社」は当て字で、歯の辻=八の辻=天上界にある八路の辻・天の八街(やちまた) のことではないでしょうか?

九頭竜ということは、股が八で=八辻・八街です。

船が行き交う水の交通の要所であったために、水の八辻から歯の辻神ということになったのではないでしょうか?

 

向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊の

男聞襲大歴速狭騰尊は幡を懸けた船が上流まで昇っていく意味

ではないでしょうか?

撞賢木厳御魂天疎日向津比賣と覆面のあとへいそら 向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊

参照

 

幡を懸けた船は男聞襲大歴「をきながたらし」

紀伊國伊都郡丹生川上天手力男意氣績ゞ流住吉大神は、現在は相賀八幡神社 (和歌山県橋本市胡麻生237)

『南海道紀伊国神明帳』によると「天手力雄・気長足魂・住吉神とあり、古くは住吉大社の神を祀っていたようである。http://www.7kamado.net/ouga より

気長足 と

男聞襲大歴 をきつぐたらし・をきながたらし で

男聞襲大歴は、「をきながたらし」「をきつぐたらし」のようですhttps://prt2.tukiyononeko.net/tukisakaki-atoheisora  より

やっとこれで手力男と天疎日向津比賣は夫婦で祀られていそうだということがわかってきました。

 

瀬織津姫とされていたのはくくり姫(菊理姫)こと栲幡千千姫であり、手力男の妻神だったのです。

瀬織津姫でもなく、饒速日でもありません。饒速日が藤代の峰に降り立ったことになっていますが、本当は手力男だったのです。

・神功皇后は爾保都比売命を紀伊国筒川の藤代の峯に鎮め奉った。

・紀伊國伊都郡の丹生川上に天手力男意氣績ゞ流住吉大神が鎮座 後裔社は相賀八幡神社

・地域の太陽神だった日前国懸神宮は古くは手力男を祀っていた。日神を出す太力男神

 

高天原(高山)から降りてきた天降る神「手力男」は饒速日によって、駆逐されてしまったのでしょうか? 海神族どうしで同族なのでしょうか

 

 

水門の神速秋津比古命と夫婦一対の速秋津比売命は手力男と撞賢木厳御魂天疎日向津比賣

大日靈女命(八倉比売命とも)は、阿波独特の神話が記された社伝の『天石門別八倉比賣大神御本記』の内容に基づいて天照大神の別名※とされています。「撞賢木厳御魂天疎日向津比賣(つきさかきいつのみたまあまざかるひうらつひめ)」

天ノ仁木命、亦の名を建羽雷命 亦の名は角凝魂命と申して大和國鳥見白庭山に天降る後に賀茂別雷神とし齋祀られたる弓矢神 天ノ磐船ノ神此なり 其妃を船盡比賣命といふ

こは木船ノ神、屋船ノ神 なりとの御系をませば御名を稱へ申して其の夫神 建羽雷命と共に倭文ノ神と齋祀られし玉へ、御社は名西郡長谷村船盡比賣神社此なり 式外なれど三代貫禄貞觀十四年十一月廿九日乙未に授位ある程の御社なるべし

大日寺は船盡神社の別当寺(大日寺、船盡神社、一宮神社、船盡比賣神社、麻能等比古神 一宮祠の東百八十歩

船渡神あり 或は以て船盡と為す 是なり三代実録貞観十四年十一月二十九日従五位を授く、(松浦年長による)

旧事記云ふ島之石楠船神又の名は天島船神、大宜都比売命の兄弟也 鮎喰川の船着場でありながら高天原と葦原中つ国を分ける関所として、まさしく塞として機能していたということです。

船盡(ふなはて)、船渡(ふなと)・船戸(ふなと)と呼ばれる所以です。 一宮の船盡宮は神山町所在の七六七基ある岐神(ふなとのかみ)の元宮であり、袋小路状になった鮎喰川上流の各村(広野、阿川、鬼籠野、神領、左右内、下分、上分)に「船戸の神(おふなたさん)」が伝播したのであります。

そして、松浦年長が書き留めた船盡比賣命とは…「木船ノ神」、「屋船ノ神」とあります。松浦年長の船盡比賣命に関する書記からでは、夫神 「天鳥船神(あめのとりふねのかみ)」に併せてか、「木船ノ神(きふねのかみ)」とあり、こちらから船盡比賣命は「貴船の神」に変化したのではないかと考えました。http://awa-otoko.hatenablog.com/entry/2015/12/05/191119より転載
貴船神社 主祭神は高龗神。日本全国にある貴船神社及び貴布祢神社の総本社である。
先日井手町に行った時に、縣犬飼三千代や橘諸兄の井手の里に貴船神社の元宮があるとききました。
犬飼氏や縣犬飼氏の祖は天手力男です。
また、「井手」と「木」つながりで九州の井手神社 福岡県遠賀郡遠賀町木守
木守井手神社
祭神

罔象女神(みずはのめのかみ)
闇龗神…(くらおかみのかみ)
埴安神…(はにやすのかみ)

境内社

須賀神社(素盞嗚命)
御霊神社(大巳貴命・少彦名命 御霊八所神)

やはりご祭神は貴船神社と同じ水の神様です。吉野にも水分神社からでしょうか、みこもりということで、子守神社があります。

 

天津甕星と手力男と織姫

ということは、天津甕星あるいは天津甕星を討ったor説得した倭文ノ神は貴船神社の女神で、夫の天ノ仁木命・建羽雷命・角凝魂命=手力男ということになります。

倭文神と建羽雷命は夫婦のようです。

貴船神社の夫婦の神はこの二人なのでしょうか?

手力男も彦星・犬飼星、織姫も星神どうしです。

系図では建羽雷命・角凝魂命・手力男は別の人物になっており、まだ調べてみないとわかりませんが、同族だから説得できたのでしょう。

 

倭文氏と犬飼・縣犬飼氏は神魂命の子孫

倭文氏と犬飼・縣犬飼氏は神魂命の子孫とされています。https://prt2.tukiyononeko.net/amatumikaboshi-inukai  参照

 

「神代系図」(著者: 平田篤胤)による

天御中主—-高皇産霊尊と神産巣日神の子が—-角凝魂(天底立命とも)—-手力男

手力男の二人の子が天日鷲命と天鈴杵命

手力男—–天鈴杵命–天御雲命–天村雲命(阿多小橋・二上命)—天波与命──天日別命

手力男—–天日鷲命–天羽雷雄命

 

『新撰姓氏録』氏族一覧2(第二帙/神別)でも神魂命が倭文連祖・懸犬養連祖とされています

 

「建御雷神が天鳥船とともに天下ったのは、雷神は船に乗って天地を行き来すると考えられていたためかとも推測される」とうぃきにあるけど、やはり「戸隠神社鎮座考」で言われているように、「先代公事本紀」で饒速日が船でにぎにぎしく移動してきたというのは、天手力男の事績をのっとってしまったのかもしれません。

 

藤代の峰に饒速日が降臨したことになっていますが、実際は丹生都姫と手力男が祀られています(丹生川上の天手力男意氣績ゞ流住吉大神)

九州でも高木神の高良玉垂宮は物部氏に土地を乗っ取られたようです。

天河弁財天ももとは脊振山にありましたが、恐らくは同様の理由で、物部氏に侵入され、吉野に移動したのではないでしょうか。

 

縣犬飼氏の血を引く橘氏の楠木正成は建水分神社を建立しました。 祭神は天御中主や瀬織津姫になっています。先祖の天御中主や瀬織津姫と名前を変えられた女神などを祀ったのでしょう。

律令国家の農業政策で鉱物神としての性格が減り、水神として瀬織津姫と言われるようになった丹生都姫も祀られています。

 

伊勢神宮の内宮に手力男と栲幡千千姫 栲幡道道姫が祀られています。

饒速日がにぎにぎしく登場し、敗れ、祟り神になるとしたら、内宮で盛大に祀られているのは饒速日のほうがふさわしい気がしますが、そうではなく、内宮には彦星(犬飼星)の手力男と棚機姫が祀られています。

 

織姫こと栲幡千千姫と彦星犬飼星の手力男が伊勢の内宮に祀られているのです。

犬飼氏と縣犬飼氏の祖の手力男が伊勢の内宮に祀られているのです。

 

戸隠神社の手力男と九頭竜大神・向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊,九頭竜弁財天

天河弁財天の弁財天は星信仰・七夕信仰の織姫・栲幡千千姫・撞賢木厳御魂天疎日向津比賣

 



貴船神社の船盡比賣命は撞賢木厳御魂天疎日向津比賣 内宮の栲幡千千姫?

on 7月 17, 2016

撞賢木厳御魂天疎日向津比賣 について「ひうら」という読み方はできないかと思いました。

 

ひうらつひめ

「ひうら」という地名はないかと探しましたら

徳島県那賀郡那賀町

高知県長岡郡大豊町

高知県吾川郡仁淀川町

などがありました。

 

こちらに

「船盡神社」があります。

船盡神社(ふなはて) 「船尽神社」

神山町阿野字歯ノ辻一番地

祭神 船盡比売命 天手力雄命 「歯の辻神社」と称し歯痛を治す神 

船盡(ふなはて)神社 「船尽神社」

清和天皇の貞観十四年(八七二)十一月阿波国船尽比売神社に従五位下とみえる。 船尽とは読みどおり船着き場(ふなと)で、すぐ下流の式内麻能等比古神社(祭神は水門の神速秋津比古命)と夫婦一対で祀られたものと考えられる。 すなわち祭神は速秋津比売命ですぐ上流の少童神社と合わせ特に重要な古代の関所であったと思われる。 鮎喰川は大正年間まで帆を懸けた船によって物資が上流まで運ばれていたが古代高天原に上る要路であったと推定される。

「大嘗祭」の「阿波に秘められた古代の謎」より・・

 

鮎喰川 ちょっとこの地図は場所がずれてしまいました

あゆくい川

「船盡神社」おふなたさんの対岸には船盡比賣神社があります。

船盡比賣神社の地図

https://www.google.co.jp/maps/place/%E8%88%B9%E7%9B%A1%E6%AF%94%E8%B3%A3%E7%A5%9E%E7%A4%BE/@34.0425413,134.4188831,15.47z/data=!4m5!3m4!1s0x35530a25d5429fcd:0xe42f334686793932!8m2!3d34.043857!4d134.4253338

 

 船盡比賣神社

 船盡比賣神社

徳島県徳島市入田町大久

船盡神社のご祭神の天手力雄命は船盡比売命 と夫婦なのでしょう。

地図を見ていただくとわかるように、船盡神社の前の港は古代は栄えており、インドの大型船も遡って来たそうです。

 

 船盡神社 歯の辻神社は八辻=天の八街(やちまた)天の八衢

先日行った戸隠神社の奥社(祭神天手力男神)の九頭竜大神も「虫歯の神」でした。

九頭竜大神には梨をお供えするそうです。

手力男もご祭神です。船盡神社の「歯の辻神社」は当て字で、歯の辻=八の辻=天上界にある八路の辻・天の八街(やちまた) のことではないでしょうか?

九頭竜ということは、股が八で=八辻・八街です。

船が行き交う水の交通の要所であったために、水の八辻から歯の辻神ということになったのではないでしょうか?

 

向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊の

男聞襲大歴速狭騰尊は幡を懸けた船が上流まで昇っていく意味

ではないでしょうか?

撞賢木厳御魂天疎日向津比賣と覆面のあとへいそら 向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊

参照

 

幡を懸けた船は男聞襲大歴「をきながたらし」

紀伊國伊都郡丹生川上天手力男意氣績ゞ流住吉大神は、現在は相賀八幡神社 (和歌山県橋本市胡麻生237)

『南海道紀伊国神明帳』によると「天手力雄・気長足魂・住吉神とあり、古くは住吉大社の神を祀っていたようである。http://www.7kamado.net/ouga より

気長足 と

男聞襲大歴 をきつぐたらし・をきながたらし で

男聞襲大歴は、「をきながたらし」「をきつぐたらし」のようですhttps://prt2.tukiyononeko.net/tukisakaki-atoheisora  より

やっとこれで手力男と天疎日向津比賣は夫婦で祀られていそうだということがわかってきました。

 

瀬織津姫とされていたのはくくり姫(菊理姫)こと栲幡千千姫であり、手力男の妻神だったのです。

瀬織津姫でもなく、饒速日でもありません。饒速日が藤代の峰に降り立ったことになっていますが、本当は手力男だったのです。

・神功皇后は爾保都比売命を紀伊国筒川の藤代の峯に鎮め奉った。

・紀伊國伊都郡の丹生川上に天手力男意氣績ゞ流住吉大神が鎮座 後裔社は相賀八幡神社

・地域の太陽神だった日前国懸神宮は古くは手力男を祀っていた。日神を出す太力男神

 

高天原(高山)から降りてきた天降る神「手力男」は饒速日によって、駆逐されてしまったのでしょうか? 海神族どうしで同族なのでしょうか

 

 

水門の神速秋津比古命と夫婦一対の速秋津比売命は手力男と撞賢木厳御魂天疎日向津比賣

大日靈女命(八倉比売命とも)は、阿波独特の神話が記された社伝の『天石門別八倉比賣大神御本記』の内容に基づいて天照大神の別名※とされています。「撞賢木厳御魂天疎日向津比賣(つきさかきいつのみたまあまざかるひうらつひめ)」

天ノ仁木命、亦の名を建羽雷命 亦の名は角凝魂命と申して大和國鳥見白庭山に天降る後に賀茂別雷神とし齋祀られたる弓矢神 天ノ磐船ノ神此なり 其妃を船盡比賣命といふ

こは木船ノ神、屋船ノ神 なりとの御系をませば御名を稱へ申して其の夫神 建羽雷命と共に倭文ノ神と齋祀られし玉へ、御社は名西郡長谷村船盡比賣神社此なり 式外なれど三代貫禄貞觀十四年十一月廿九日乙未に授位ある程の御社なるべし

大日寺は船盡神社の別当寺(大日寺、船盡神社、一宮神社、船盡比賣神社、麻能等比古神 一宮祠の東百八十歩

船渡神あり 或は以て船盡と為す 是なり三代実録貞観十四年十一月二十九日従五位を授く、(松浦年長による)

旧事記云ふ島之石楠船神又の名は天島船神、大宜都比売命の兄弟也 鮎喰川の船着場でありながら高天原と葦原中つ国を分ける関所として、まさしく塞として機能していたということです。

船盡(ふなはて)、船渡(ふなと)・船戸(ふなと)と呼ばれる所以です。 一宮の船盡宮は神山町所在の七六七基ある岐神(ふなとのかみ)の元宮であり、袋小路状になった鮎喰川上流の各村(広野、阿川、鬼籠野、神領、左右内、下分、上分)に「船戸の神(おふなたさん)」が伝播したのであります。

そして、松浦年長が書き留めた船盡比賣命とは…「木船ノ神」、「屋船ノ神」とあります。松浦年長の船盡比賣命に関する書記からでは、夫神 「天鳥船神(あめのとりふねのかみ)」に併せてか、「木船ノ神(きふねのかみ)」とあり、こちらから船盡比賣命は「貴船の神」に変化したのではないかと考えました。http://awa-otoko.hatenablog.com/entry/2015/12/05/191119より転載
貴船神社 主祭神は高龗神。日本全国にある貴船神社及び貴布祢神社の総本社である。
 
 
先日井手町に行った時に、縣犬飼三千代や橘諸兄の井手の里に貴船神社の元宮があるとききました。
犬飼氏や縣犬飼氏の祖は天手力男です。
 
また、「井手」と「木」つながりで九州の井手神社 福岡県遠賀郡遠賀町木守
 
木守井手神社
祭神

罔象女神(みずはのめのかみ)
闇龗神…(くらおかみのかみ)
埴安神…(はにやすのかみ)

境内社

須賀神社(素盞嗚命)
御霊神社(大巳貴命・少彦名命 御霊八所神)

やはりご祭神は貴船神社と同じ水の神様です。吉野にも水分神社からでしょうか、みこもりということで、子守神社があります。

 

天津甕星と手力男と織姫

ということは、天津甕星あるいは天津甕星を討ったor説得した倭文ノ神は貴船神社の女神で、夫の天ノ仁木命・建羽雷命・角凝魂命=手力男ということになります。

倭文神と建羽雷命は夫婦のようです。

貴船神社の夫婦の神はこの二人なのでしょうか?

手力男も彦星・犬飼星、織姫も星神どうしです。

系図では建羽雷命・角凝魂命・手力男は別の人物になっており、まだ調べてみないとわかりませんが、同族だから説得できたのでしょう。

 

倭文氏と犬飼・縣犬飼氏は神魂命の子孫

倭文氏と犬飼・縣犬飼氏は神魂命の子孫とされています。https://prt2.tukiyononeko.net/amatumikaboshi-inukai  参照

 

「神代系図」(著者: 平田篤胤)による

天御中主—-高皇産霊尊と神産巣日神の子が—-角凝魂(天底立命とも)—-手力男

 

手力男の二人の子が天日鷲命と天鈴杵命

手力男—–天鈴杵命–天御雲命–天村雲命(阿多小橋・二上命)—天波与命──天日別命

<

p class=”gb-volume-title” dir=”ltr”>手力男—–天日鷲命–天羽雷雄命

 

『新撰姓氏録』氏族一覧2(第二帙/神別)でも神魂命が倭文連祖・懸犬養連祖とされています

 

「建御雷神が天鳥船とともに天下ったのは、雷神は船に乗って天地を行き来すると考えられていたためかとも推測される」とうぃきにあるけど、やはり「戸隠神社鎮座考」で言われているように、「先代公事本紀」で饒速日が船でにぎにぎしく移動してきたというのは、天手力男の事績をのっとってしまったのかもしれません。

 

藤代の峰に饒速日が降臨したことになっていますが、実際は丹生都姫と手力男が祀られています(丹生川上の天手力男意氣績ゞ流住吉大神)

九州でも高木神の高良玉垂宮は物部氏に土地を乗っ取られたようです。

天河弁財天ももとは脊振山にありましたが、恐らくは同様の理由で、物部氏に侵入され、吉野に移動したのではないでしょうか。

 

縣犬飼氏の血を引く橘氏の楠木正成は建水分神社を建立しました。 祭神は天御中主や瀬織津姫になっています。先祖の天御中主や瀬織津姫と名前を変えられた女神などを祀ったのでしょう。

律令国家の農業政策で鉱物神としての性格が減り、水神として瀬織津姫と言われるようになった丹生都姫も祀られています。

 

伊勢神宮の内宮に手力男と栲幡千千姫 栲幡道道姫が祀られています。

饒速日がにぎにぎしく登場し、敗れ、祟り神になるとしたら、内宮で盛大に祀られているのは饒速日のほうがふさわしい気がしますが、そうではなく、内宮には彦星(犬飼星)の手力男と棚機姫が祀られています。

 

織姫こと栲幡千千姫と彦星犬飼星の手力男が伊勢の内宮に祀られているのです。

犬飼氏と縣犬飼氏の祖の手力男が伊勢の内宮に祀られているのです。

 

戸隠神社の手力男と九頭竜大神・向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊,九頭竜弁財天

天河弁財天の弁財天は星信仰・七夕信仰の織姫・栲幡千千姫・撞賢木厳御魂天疎日向津比賣

 

 

 



星神 向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊は手力男・天津甕星

on 7月 11, 2016

撞賢木厳御魂天疎日向津比賣と覆面のあとへいそら 向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊https://prt2.tukiyononeko.net/tukisakaki-atoheisora

の向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊の部分を加筆修正しましたので、向匱男の部分をもう一度記事にしました。

 

撞賢木厳御魂天疎日向津比賣とペアになっている男神がいる。

住吉大神だ。住吉明神が向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊とされている

 

「住吉神社神代記」というものがあって、平安時代に書かれたものとされている

その中に住吉明神のまたの名が載っています。

それが 向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊 です。

三軍一大明神
亦御名。向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊。又速逆騰尊。

これは神宮皇后が新羅を攻めた時に、神宮皇后が神託で重ねて神の名を知ろうとして、四柱の神が名乗り、最後に住吉明神が「我が名は向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊である」と言った。その名です。

http://www.k3.dion.ne.jp/~kodaira/sono501.htm

神功皇后は、先日の仲哀天皇が信じなかった神の正体を知り、宝の国(新羅の国)を手に入れようとして、自ら神主となり、神の名をお尋ねになった。
すると4柱の神がお答えになった。

1番目の神の名は次のとおりであった。
 「神風(かむかぜ)の伊勢国の百伝(ももづた)う度逢県(わたらいのあがた)の拆鈴(さくすず)五十鈴宮(いすずのみや)に所居(ま)す神、名は撞賢木厳之御魂天疎向津媛命(つきさかきいつのみたまあまさかるむかつひめのみこと)」

2番目の神の名は次のとおりであった。
 「幡荻(はだすすき)穂に出し吾(われ)や、尾田(おだ)の吾田節(あがたふし)の淡郡(あわのこおり)に所居(お)る神」

3番目の神の名は次のとおりであった。

「天事代虚事代(あめにことしろそらにことしろ)玉籤入彦厳之事代神(たまくしいりびこいつのことしろのかみ)」

4番目の神の名は次のとおりであった。
 「日向国(ひむかのくに)の橘小門(たちばなのおど)の水底(みなそこ)に所居(い)て、水葉(みなは)も稚(わかやか)に出(い)で居(い)る神、名(みな)は表筒男(うわつつのを)・中筒男(なかつつのを)・底筒男(そこつつのを)の神」

 

「住吉神社神代記」には 凡大神宮。所在九箇處  のうち

向津姫も住吉明神の係累として載っています。

 

當國住吉大社四前  西成郡座摩社二前  原郡社三前

播磨國賀茂郡住吉酒見社三前 戸三烟

長門國豐浦郡住吉忌宮一前

筑前國那珂郡往吉社三前

紀伊國伊都郡丹生川上天手力男意氣績ゞ流住吉大神

大唐國一處 住吉大神社三前

新羅國一處 住吉荒魂三前

部類神

當國廣田大神 筑前國橿日宮 糟屋郡阿曇社三前

播磨国明石郡垂水明神  紀伊国名草郡丹生「」姫神

こちらが瀬織津姫とされてしまった廣田大神 撞賢木厳之御魂天疎向津媛命のことです。

また「丹生川上天手力男意気続々流住吉大神」を見る限りでは、住吉明神は手力男のようです。

 

(紀伊国伊都郡) 和歌山県伊都郡高野町上・下筒香の丹生神社、

祭神-丹生都比売命、後裔の社は、和歌山県橋本市の相賀 八幡神社、 祭神-誉田別命・足仲彦尊・気長足姫尊といわれる、文忌寸材満が祭祀

 

天手力男命は犬飼氏が祀った

いままでこの記事で書いてきましたが、天手力男命は犬飼氏が祀っています。

 

犬飼神社  八木村大字箕土路字犬飼 天手力男命・犬飼宿彌

戸隠神社(長野県長野市)宮司家犬飼氏

 

他に手力男を祀る神社は

 佐那神社(三重県多気郡多気町)、長谷山口坐神社(奈良県桜井市)、白井神社(兵庫県尼崎市)、雄山神社(富山県中新川郡立山町)、手力雄神社(岐阜県岐阜市)、手力雄神社(岐阜県各務原市)、戸明神社(福岡県北九州市)、天手長男神社(長崎県壱岐市)、神命大神宮那須別宮(栃木県那須郡那須町)

向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊と撞賢木厳御魂天疎日向津比賣は対応する

ほかの方もこの男女の神名を解釈しておられます。

私も手力男を追ってきて、その流れでこれを見つけました。

 

この二つの名前を音や意味で対応させてみましょう。私はこの二つの読みをこう考えました。

撞賢木    厳御魂    天疎       日向津比賣   

つきさかき いつのみたま  あもる(あふる・あおる)  ひうらつひめ

向匱   男聞襲大歴    五御魂     速狭騰   尊

むかひつ おきつぐたらし いつのみたま はやさのぼり のみこと

 

これ順番を変えて、言葉ごとに対応させると

①向匱  ➁男聞襲大歴  ③五御魂   ④速狭騰  ⑤尊

①日向津  ➁撞賢木    ③厳御魂  ④天疎   ⑤比賣    

➁はそれぞれの神の特徴を表しているようです

言葉ごとにみていきます。

 

向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊

向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊 (むかひつ おきつぐたらし いつのみたま はやさのぼり のみこと)は

①向匱  ➁男聞襲大歴  ③五御魂   ④速狭騰  ⑤尊

順番に解釈していきます。

 

①向匱 むかひつ    

「向ひ津」ととると「向の津(船着場・港)にいる」ととれます。向や甲・廣は銅の意味もあります。

「向日つ」ととると、「日向の」という意味にとれます。「向日(むかひ)」は、「朝日を拝む神聖な場所」である東でしょうか?

だとすると、内宮の手力男が東殿にいるのとあっています。

まだ、日向とか向日とか具体的な地名とかは考慮に入れないで置きます。

 

➁男聞襲大歴 おきつぐたらし・おきながたらし 

襲を「つ-ぐ」ととり、男聞襲「おきつ-ぐ」

大歴は万葉仮名で読むと「たれ」と読めます。

神宮皇后の「たらし」のように、「大歴」は万葉仮名で「帯・足」の「たらし」と読んだのではないでしょうか?

神宮皇后に神託を下したのが住吉大神です。

神功皇后は

『日本書紀』では気長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)

『古事記』では息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと)です。

 

紀伊國伊都郡丹生川上天手力男意氣績ゞ流住吉大神

また「住吉神社神代記」に 紀伊國伊都郡丹生川上天手力男意氣績ゞ流住吉大神 とあり

 

意氣績ゞ流 おきつづくる(おきながたらし?)

男聞襲大歴 をきつぐたらし・をきながたらし 

住吉明神=天手力男のようです。

 

二神が対応するなら、神宮皇后の「おきながたらし」

紀伊國伊都郡丹生川上天手力男意氣績ゞ流住吉大神は、現在は相賀八幡神社 (和歌山県橋本市胡麻生237)

『南海道紀伊国神明帳』によると「天手力雄・気長足魂・住吉神とあり、古くは住吉大社の神を祀っていたようである。http://www.7kamado.net/ouga  より

気長足 と

男聞襲大歴 をきつぐたらし・をきながたらし で

男聞襲大歴は、「をきながたらし」「をきつぐたらし」のようです

 

http://kamnavi.jp/ki/nitizen.htm

『播磨国風土記逸文』

 神功皇后が新羅征伐に赴く時、集まった神々の中に爾保都比売命がおり、自分を良く祀ってくれるならば赤土を与えようと言った。その赤土を船体などに塗って新羅を攻略した。帰還後、神功皇后は爾保都比売命を紀伊国筒川の藤代の峯に鎮め奉った。 

後裔社は相賀八幡神社

 高野山の東の奈良県境の近くに筒香がある。藤代の峯については県境付近と言うが具体的には不明である。筒香の近くに富貴地名があり、共に丹生神社が鎮座。
 『住吉大社神代記』には、紀伊國伊都郡の丹生川上に天手力男意氣績ゞ流住吉大神が鎮座していることを記している。天手力男の名から付近に船木氏の存在がうかがわれる。
 住吉大社の宮司である真弓常忠氏は『古代の鉄と神々』の中で「船木氏は丹生川上よりも砂鉄の豊富な播磨へ移動」と推定されている。
 

http://kamnavi.jp/log/ugatoki.htm

 『住吉大社神代記』に「船木等本記」の記載があり、日神を出す氏族として尊ばれています。天手力男を遠祖とし、大田田命、神田田命を祖神としています。彼らは住吉大社創建の頃と言うか初期の河内での王権確立の頃には重要な役割を果たしていたのでしょうが、その後の河内の歴史には登場していないようです。
 船木氏は大社の祭祀について津守氏との主導権あらそいに破れたのかもしれません。従って河内王権から見たら僻地のような紀伊國伊都郡丹生川上天手力男意氣績ゞ流住吉大神を祭祀し、鉱物を採取していたようです。

 後にわけがあって、やむをえず、ついに丹波の国の比遅の麻奈韋に遷さされたのは船木氏であり、船木氏が豊宇可乃売神を奉じて遷ったのでしょう。この女神は穀物の神とされています。そうでしたら本来は、日神・水神・竈神・酒神でもあったのです。従って元始の神といえます。

 日神を出すとはどういうことでしょうか? 天岩屋から天照大神を引っぱり出す、これは実に判りやすい。それだけでは単なる力持ちのこと、そうではなく、日神を舟に乗せて天空を西へ、また沈んだ日神を東から昇らせる役割が重要です。

 金星は明けの明星の場合、太陽より先に昇って来ます。それに続いて日が昇るのです。また宵の明星の場合には太陽が沈んだ後も輝き続けます。まさに太陽の運行を司っているのが金星だとされたのです。金星こそ豊受大神と見なされていたのです。金星は日神、月神の御祖ともされ、豊受大神がそのように見なされた始原の神に相応しいのです。

 丹後の海部氏は豊宇可乃売神を奧宮で祀っています。海部氏と津守氏は同族であり、豊宇可乃売神を祀っていたのでしょうが、河内の王権からは姫神としては神功皇后を祀るべく強制されたのではないだろうか。その段階で、津守氏は豊宇可乃売神とは袂を分かったのでしょう。

 神功皇后の母方の祖は天日槍命ですが、父方の祖は日子坐王です。従って共に日下首の祖である浦嶋子が祖神とも言えます。住吉大神は塩筒老翁でもあり、筒川の浦嶋子です。浦嶋子は住吉の地で姫神である豊受大神を祭っていたのですが、これが神功皇后に置き換わってしまったということ。

 

そう手力男の子孫は日神を出す氏族であり、日神を舟に乗せて天空を西へ、また沈んだ日神を東から昇らせる役割のようです。

太陽の船というか、太陽の船を先導する星とみなしたほうがよいのではないでしょうか?

http://kamnavi.jp/log/ugatoki.htm

『日本書紀』天武朝 持統朝

 天武朝朱鳥元年(686) 紀伊国国懸神、飛鳥の四社、住吉大社に奉幣。天武の病気回復。

伊勢内宮外宮と日前国懸

 天武天皇の病の回復を祈って紀伊国国懸神に奉幣されている。王権から奉幣された紀伊国の神の初出である。当時の紀伊国を代表する神は日前国懸神宮に坐す神であろう。
 この頃の日前神は地域の太陽神だったようだ。国懸神は紀伊國を代表する大神であり、日神を出す太力男神であり、風の神であり、木の神だったのだろう。

 

 

向匱男聞襲大歴を「むか(ひ)つお きこえぞたらし」と読むと

大歴は「帯れ」「足・たらし」とよみました。

住吉大神も阿多隼人だと言われています。

「日下首の祖である浦嶋子が祖神とも言えます。住吉大神は塩筒老翁でもあり、筒川の浦嶋子です。」

阿蘇の日下部吉見神と繋がってきます。

日下部の日下部で、住吉大社の近くには草香江がありました。

日下部は阿蘇の古族 日下部吉見神につながります。

日足紋です。

ひたる紋日足紋

太陽を置く、日下部

 

酒見社と酒見・酒解神

持統天皇の皇子、草壁皇子を日下部氏と同族、天手力男を祀る犬飼氏の縣犬飼三千代が乳母として育てています。

縣犬飼三千代の氏神が梅宮神社の酒解神です。

酒を初めて作ったので、おおやまつみを酒解神と言うそうです。

『住吉大社神代記』には播磨國賀茂郡住吉酒見社があります。

 

元伊勢の今伊勢 酒見神社

尾張にも酒見神社があります。初めて伊勢神宮に酒を作って奉納したことから「酒見神社」といいます。

(酒見神社の栄水の井は霊力が強いお水らしくて、私が以前大祓祝詞をあげたときに井戸から光が出ていました)

adb93d5c

この酒見神社はもしかしたら、住吉明神なのではないでしょうか?

酒見神社は最東端の元伊勢で、住所は「今伊勢町本神戸」で、「伊勢神宮にかなり強い対抗心の高い住所名の為、この神社の神は伊勢に対抗して立てられたいう話が残っている。」

ほんと、今も住所が「今伊勢」なんですよ。

だとすると、梅宮神社の酒解神は古い太陽神であった手力男を祀るのであり、梅は星を意味するのではないでしょうか?

酒見神社は北面しています。

9cd07b19

天津甕星こと手力男は星神です。

太陽神というより、古代はひときわ輝いていた星だったのではないでしょうか

 手力男の彦星は犬飼星といいます。手力男を祀るのは犬飼氏です。

犬養縣ノ犬羪の二氏は倶に手力男命の子孫なれは神詫(託)によりて仕奉る事と成ねるをその由縁あり 又この信濃国に犬養と称ヨふ地多く
あるもその初この氏人の領けるより起れる称ナなるへし」戸隠神社鎮座考

 戸隠神社には九頭龍社があります
牽牛・彦星、鷲座は九曜の星と呼ばれていたそうです

木花開耶比売命は阿多隼人で別名「阿多姫」

天河弁財天のある天川村に隣接する奈良県五條市は隼人が移住したらしく、隼人の祖の木花開耶比売命(阿多姫)を祀った阿陀比売神社や月読神社があります。隼人の本拠地の鹿児島県にも月読神社がいくつかあります https://prt2.tukiyononeko.net/amatumikaboshi5

もう一人、阿多姫がいて、この人は皇子である夫とともに反乱を起こして殺されている。縣犬飼三千代も阿多隼人

阿多隼人は古くから皇族と縁組しており、以前の支配者で、妃をだす古族であったことがうかがえる。

尾張の酒見神社は大日孁貴神おおひるめのむちの側近豊姫の実家の近く

「真澄探當證」によると大日孁貴神(おおひるめのむちのかみ・大日女尊(おおひるめのみこと)、大日霊(おおひるめ)は尾張地方に遠征し、火明命は当時の天照大神であった大日孁貴神 に臣従することになりました。

大日孁貴は火明命の孫娘の豊姫を気に入り、側近とします。

大日孁貴のあとを豊姫がつぎます。

 

「真澄探當證」が史実を伝えるものであれば、大日孁貴と豊姫が廣田神社の女神として、同神として祀られているのかもしれません。

これも長くなりそうなので、また別の記事で

 

 

向匱男 聞襲大歴 で「むか(日)つお」「きこえぞたらし」

向匱男 聞襲大歴 で「むか(日)つお」「きこえぞたらし」

日を迎える、あるいは百足・百手で銅の象徴の「ムカデ」の男、或いは隼人の沢山の人で漕ぐ船でしょうか?

太陽の船という意味もあるかもしれません。

 

聞襲(重)は「きこえ」で「聞得」=大君

聞襲(重)は「きこえ・聞得」で、聞得大君ともいいますから、大王というか大君という意味ではないでしょうか?

「きこえ」を「聞得」だとすると、「聞得」は大君の美称辞ですが、ここでは「神託」ともとれます。

「神託を聞く大君である支配者(垂らし)」という意味にもとれます。

 

男聞襲大歴 男聞「おも」、襲「そ」、「大歴」「おおいし」ととると安曇磯良

➁男聞襲大歴 男聞「おも」、襲「そ」、「大歴」で現代語でも「おおいし」ですので「覆ひし」

歴は「レキ」で、音も意味も「つぶて」の「礫」で、 大歴・大礰・大巌で「おおいし」と読みます。

田力で男、「男」は田(手)力男を暗示しているのでしょうか?

聞 ひろ、もん、ぶん、めん

「襲」は服を人にまとわせることをあらわします。しゅう、おそう、つぐ、かさね

 

覆面の安曇磯良「をもぞおほひし」

「面ぞ覆いし」ととった場合、安曇磯良が貝殻のついた醜い顔を白布で隠していることではないでしょうか。

覆面のあとへいそらの図

https://www.google.co.jp/search?q=%E5%AE%89%E6%9B%87%E7%A3%AF%E8%89%AF&biw=1366&bih=661&source=lnms&tbm=isch&sa=X&sqi=2&ved=0ahUKEwjz0ePt4tbMAhXFGqYKHccMBH4Q_AUIBygC

磯良(阿度部(あどべ)の磯良)の細男(せいのお、ほそお、ほそおのこ)の舞では磯良は白布で顔を隠して舞う。

大分県中津市の古要神社には、操り人形による細男の舞があり、同様に白布で顔を隠した磯良の人形が使われる

民間伝承では、阿曇磯良(磯武良)は豊玉毘売命の子とされており、「日子波限建」(ひこなぎさたけ)と冠されることのある鵜葺草葺不合命と同神であるとする説がある(磯と渚はどちらも海岸である)。また、『八幡宮御縁起』では、磯良は春日大社に祀られる天児屋根命と同神であるとしている。ウィキより

https://www.youtube.com/watch?v=WtCwKNEnb2Q

2010年 春日大社 若宮おん祭より「細男(せいのお)」部分

 

➁ 面ぞ大歴(おおいし)と ④速狭騰 で、「顔を覆い隠して」「(狭い)川を天(高天原)に遡る神」となります。

仲哀天皇は神宮皇后に対して、死んで高天原に昇るという意味ととって、「速狭騰とは良くないことを言う女人だ」と言っていると思います。

でも死なないでも、高い場所(高天原・山の方)に昇るという意味ではないかとだと捉えました。

 

③五御魂 いつのみたま・厳御魂

厳御魂というと、霊威のある御魂や物忌みして斎祭る御魂と普通は考えます。

五御魂・厳御魂というと、天孫降臨の天児屋命、布刀玉命、天宇受売命、伊斯許理度売命、玉祖命の五伴緒(いつとものお)を思い浮かべます。

「5」は東西南北に中央を加えた数字でもあり、諏訪の御柱や「いつへ」の波比伎神の五本と一致します。

賽の神は男女ペアで一組です。

また、五十=磯であり、海洋民族と関係があるのではないでしょうか?

いつを伊豆と捉えると「伊豆」に関係がある御魂 

「伊都」で伊都と関係がある御魂

「斎」は神道で、ものいみ(潔斎)をして神に仕えること。

いつく御魂、「伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に 禊祓給ひし時に生り坐せる 祓戸大神等」

「いつ」については、別の記事で改めて書きます。

 

④速狭騰尊    

速狭騰は「速さ昇り」か

狭は両側を囲まれて狭くなっている所、なので川、

流れの速い川を遡る意か?

 

(高天原に向かって)川を遡る貴い大神(尊)  (天手力男ならば東殿なので太陽が昇る意もあるだろうか)

④「速狭騰(はやさのぼり)」は、狭い場所(川)を素早く人や動物が高い所へ移動するととりました。

川を船で遡るという意味にとりました。

 

住吉明神だとすると、やはり航海に関係があると思います。

或いは太陽を載せて昇る船でしょうか?

 

対になる④天疎 を「あふる・あもる・天降る・あおる」ととったからです。

それは「天(高天原・高い所)から天下った」ほうが「昇る」と反意語で対になるからです。

 

⑤尊 

尊は命より貴いので、皇祖神か大御神でしょうか

向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊はまとめると

日向の津(船着場・港、銅の港)にいる(または向日の)息長垂し(海に潜るからか?)い海神で、顔を布で覆い隠した尊く霊威ある海の神で、祓戸大神(国という門を開けた)で、(高天原に向かって)川を遡る(船の)貴い大神(尊)  

となります。あるいは

太陽神を先導する星神(古い太陽神?)であり、聞得である大君、天の下垂らしめす星神、東から太陽の船で天駆け上る尊い大神

 

住吉明神は手力男であり、伊勢の内宮に祀られています。

 

手力男も「天降る神」で、戸隠も天香久山の一つ(「戸隠神社鎮座考」参照)であるので、祓戸大神(国という門を開けた、別名あけたつの命)なので、住吉大社=手力男なら、顔を隠さないといけない裏事情があるのかもしれません。

天孫降臨に先立って天下った天津神なら、歴史の「表」(顔も面「おもて」)には出せないですね。

 

そして「密事あり」とあって住吉明神と誰か女性と隠さなければならない事があったか、住吉明神の氏族の海神族の首長と神宮皇后の間に隠さなければならないことがあったか、だと思います。

手力男ことあけたつの命は「開けた津の命」で港を開いた、港湾の神ともとれます。

天津神で、表の歴史に出せない神は、天津甕星でしょうか?

 

いそらのお墓は海の中で、三角の三つ鳥居の中に石があって、「をもぞおおいし」の大石・岩と関係があるかもしれません。

 

「戸隠神社鎮座考」では「背男は塞男なるべし」と書いています。港の門を守る賽(要塞)の神

船を留める停泊地の神、塞・境の神かもしれません

 

背男・賽男の天津甕星は筒男の住吉大神か?

細男「せいのお」は背男・賽男 かもしれません。

だとすると、かか背男の天津甕星は筒男の住吉大神であり、手力男ということになります。

 

 

撞賢木と聞襲大歴        

撞賢木は「木に憑くor忌杖を撞く」

「撞賢木」は貴い木にいつく、または「鐘を撞く」の撞く(棒状のもので強く押す)と取って「賢木」で撞くともとれます。

棒状のもので強く押すですと、神宮皇后か丹生都姫が「忌杖を撞く」イメージと重なります。

「賢木」を榊ととると、神域に植える常緑樹の総称。また,神事に用いる木に憑く、ですので、高木の神や波比伎神です。

でもわざわざ「撞」を使っているので、そうすると新羅で忌杖をついて領土を定めた神宮皇后や忌杖をついて領地を定めた丹生都姫が浮かびます。

境界を守る神波比伎神らしいのでどちらにも当てはまるのが、丹生都姫です。

国見する朱の女神 丹生都姫 天津甕姫 波比伎神(アラハバキ?)  参照

四柱で境界を守り、内宮の中央の心の御柱を守っているのではないでしょうか?

アラハバキや賽の神も範疇に入ります。

 

撞賢木は「忌杖撞く」、聞襲大歴「聞こえぞ垂る」

「伊勢神宮の最も重要な神事は正殿床下にあると云う心の御柱への大物忌と云う斎女が真夜中に奉仕する一種の聖婚の儀式だと云う」

天照大神は「心の御柱」のことでしょうか?

天照大神が「心の御柱」だとすると、撞賢木は「忌杖撞く」丹生都姫であり、神宮皇后の投影でもあります。

境界を守るための木(蛇)神の波比伎神だとすると、撞賢木 は忌杖を撞き、国境を定めた忌杖を撞く女神です。

同じく境界の神の賽男・港という天(海)と地の境界にある住吉明神は手力男とされます。

どちらも境界を守る神とされました。

手力男は「戸隠神社鎮座考」でも「塞男」とされ「境界を守る神」とされています。

 

「忌杖撞く」や「聞得」は大君のこと

そして忌杖撞くのは、支配者であり、「聞得」さまは大君のことです。

 

向津姫も女王であり、くくり姫は新たな太陽神を誕生させる七夕つ姫であり、

天津甕星こと手力男は日垂る「聞得」さまの大君であり、太陽神を先導する、あるいは太陽の船の船頭とみなされていたようです。

草香江の日下 日足紋です

ひたる紋日足紋

日足る日足る誠をば

 

「いつ」など、まだ続きます



持統天皇の廣野日女尊は天疎向津媛の意味

on 7月 03, 2016

阿多隼人の住吉明神は向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊で撞賢木厳之御魂天疎向津媛とペアの男神です。

甲・武甲・務古は銅の産地で、廣田神社は銅の精錬地で「かる、かむ」なども銅という意味だそうです。

 

神流川も銅が採れた土地の川

神流川のかんる川も銅が採れたの土地の川でしょう。伝説では神の血が流れたといわれていますが、かんなながしをやっていたとか、銅で川の水が緑がかった川ではないでしょうか?

あれが神流川だとおもったのですが、緑の川でした。銅が取れた土地だろうなとは想像できます。

 

持統天皇の廣野日女尊は向津媛の意味

廣田神社は廣も「こう」で、甲田神社でもあり、持統天皇の廣野日女尊は銅の姫・向津媛と解釈できます。

銅の姫・太陽の巫女という意味でつけたのでしょう。

 

向津姫は「くくり姫」で水の中から太陽王を誕生させる意味

向津姫は廣田神社の「くくり姫(菊理姫)」ですから、水に潜り、水の中から太陽王を誕生させるという意味合いで、そのような諡号をつけた気がいたします。

 

もっとも、持統天皇の場合は、自分が血で手を汚し、血を浴びた本当の

禍津日神という意味の向津姫かもしれません。

 

血を浴びた体を水に潜らせて「くくり」、身を清めた向津姫は太陽王を誕生させたかったのでしょう。

 

潜るといえば、穴に潜って銅をとります。といっても、丹などは浅いすり鉢状の穴で掘っていたようですが

ムカデ・百足といえば、銅山です。ムカデも穴に潜ります。銅といえば百足です。聖神社の銅の百足も持統朝に銅が採れた記念に作られたものです。

銅の採掘穴を百足穴と呼ぶとか

 

高天原廣野姫は「高い山の銅の姫」という意味

高天原廣野姫天皇という持統天皇の諡号も持統天皇が吉野の山と縁が深いからということもあったでしょうし、丹生都姫たちは元々高い山で丹を採取していたから

丹生都姫たちが高天原にいたから

 

丹生都姫のまたの名を稚日女姫だと知っていたから、高天原の銅の姫という名をつけたのでしょう。

「神」は山の高いところに住んでいて、日本が寒冷化するとともに、下に降りてきました。

天武や持統を匿った丹生氏や井光姫の井氏なども水銀の一族です。

 

持統天皇は自分がくくり姫となって太陽王を誕生させたかった

持統天皇は自分がくくり姫となって草壁皇子を日下の王として、太陽王を誕生させたかったのだと思います。

自らが「くくり」となるためにあの諡号としたかったのでしょう。

神流・かんる≒かる

かる=銅=廣・甲は神・・・・

 

諡号はその意を汲んだ不比等がつけたのか、自ら考えたのか・・・・

持統天皇は自ら太陽王を誕生させるという名前をつけたのか?

 

井光姫も天降りつく神

先日、「いひかの里」という井光姫がいた集落に行ってきました。

そこの集落の人達も以前はもっと高いところにいて、丹を採取していたようです。

露天掘りだったようです。

すり鉢状になっている場所があり、そこで丹を採っていたといわれています。

700年前くらいに、もっと低いところに移動したそうです。

 

軽皇子は銅の皇子

「かる」の皇子は「銅の皇子」という意味があります。

銅の巫女と名乗る持統天皇の孫ですから、銅の皇子なのでしょうか。

向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊と撞賢木厳之御魂天疎向津媛が向かい合っている神戸や境も銅の港という意味だったのでしょう。

 

草壁皇子は日下部で、阿多隼人の縣犬飼三千代が乳母ですから、草香江と関係があるのかもしれません。草香江をはさんで、向匱男と向津媛はいました。銅と関係があります。

軽皇子は銅の皇子であり、銅の大仏を建てた人も「かる」であると言えるかもしれないですね。

 

くくり姫こと丹生都姫たちとともに、住吉さまが吉野にいたころの名が残っています。

 

阿多隼人の住吉さまの向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊のまたの名は・・・・続くのでした

 



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