月夜の猫にようこそ
佐藤愛子 『私の遺言』 とサトラレ地獄 の続きです
今日はオーラの泉と佐藤愛子著『私の遺言』神社の行者霊とオーラの泉 です。
私の遺言 (新潮文庫)
著 者:佐藤 愛子 販売元:新潮社 発売日:2005-09-28
今までの記事で書いてきましたが、我が家は神社が引越しした跡地に建っています。
あまりにも神社の行者たちの霊が増えて、神社の祭神が嫌がって、引越しすると夢で宣託を下し、引越ししたために神社の跡地である我が家近辺に行者の霊たちを置いて逃げました。
結局は行者たちは内宮さんにお願いして、天照さんからの命で、その神社の祭神が引き取ることになったのですが、残ったチンピラの霊は言うことをきかなかったので、地獄に放り込まれて問題は解決しました。
美輪明宏さんと江原啓之さんのオーラの泉を見ていると悪霊が寄ってこなかった
神社の神が嫌がって置いて行くようなその神社の行者の幽霊にストーカーされていた時、唯一、幽霊がよって来ない時間帯がありました。
それがテレビで「オーラの泉」を見ている時でした。
美輪明宏さんか江原啓之さんが眩しいのか、オーラの泉をテレビを見ると浄化されて嫌なのか、はたまた一緒に静かにテレビを見ていたのか?
あの番組の背景は花や光りもので綺麗だった。
画面の背景の綺麗さと色彩に癒された。
美輪明宏さんも江原啓之さんも二人とも誠実に話をしてみえた。
佐藤愛子著『私の遺言』には江原啓之さんが登場する
その江原さんが登場人物となっているのが佐藤愛子著『私の遺言』だ。
佐藤さんは30年も霊障で苦しんでこられた。
大変な時に、佐藤愛子さんのために骨折ってみえたのが若き日の江原啓之さんです。
若くて経験不足ながらも、誠実に懸命に対処してみえる江原さんの姿も佐藤愛子著『私の遺言』には描かれている。
江原さんの誠実さが眩しいからか、三輪さんのせいなのか、オーラの泉が始まると霊達が逃げるのかも知れない。
テレビに出てしまうとやっかみやテレビ局の思惑やら、ドロドロしたものを被ってしまうので、能力にも影響が出てしまうこともあるのだろうとお察し致します。
当時の私にとって、オーラの泉を見ている時間帯が唯一の安らぎの時間帯だった。
静かで邪魔されず、霊達に心の中を読み取られたり罵詈雑言を浴びないで済む時間帯だった。
今思い出すと、ビデオを撮ってリピートすればよいものを、当時はまったく思い付かなかった。
「邪霊は「祓う」ものではなく「浄化」させなければならない」佐藤愛子『私の遺言』
『私の遺言』にある。
「邪霊は「祓う」ものではなく「浄化」させなければならないのである。祓っただけでは再び戻って来る。そして「浄化」にはどうしても審神者の説得が必要なのだ。力で押さえつけるだけでは教導出来ず、救いにならないことは霊も人間も同じなのである。」
『私の遺言』には、若き江原さんが巨大な狐霊に襲われてしまう場面もあり、それでも懸命に対処してみえた。
御札や審神者や霊能者でも対処出来ず、佐藤さんは霊障で傷んだ身体で鍼灸整体で凌いで生きていた。
『私の遺言』の佐藤愛子さんの姿に自分を重ねた
あの頃の私と同じだった。
霊能者にも助けてもらえない心細さ。
霊が時間稼ぎに「写経してー」とか「神さまの絵を描いて」といっているのを真に受けて、霊能者は霊の言葉を信じて「こう言ってるんだから、やってあげたらー?」と言っていた。
霊能者のセッションが終わった途端に霊たちが「やったやった騙されたー」と言って、罵詈雑言を二十四時間繰り返すのだった。
どんどん悪くなっていく体調、絶望と諦め…
霊能者がきちんと対処してくださるのなら、素人は対処しないで済むのだ。
霊能者を頼ってお金を払っているのに、頼れないから、素人は自分でするしかないこともある。
霊の言葉ばかりきいて、助けてくださいとお金も払っているのに、何故生きた人間の言葉はきいてくれないのか?
そんな状態でした。
自分の能力以上の相手で、命も危ないときにも若き日の江原啓之さんのように誠実に懸命に対処してくださる霊能者は多くないと思います。
自分の能力以上の相手だと分かっていても、それでも立ち向かっていくひたむきさ真面目さに心打たれました。
神道家の相曽誠治氏に佐藤愛子さんは相談、解決
それでもどうにもならず、縁あって神道家の相曾誠治氏に佐藤さんは相談する。
結果として解決したそうです。
オーラの泉と佐藤愛子著『私の遺言』 神社の行者霊とオーラの泉