武甲山も三輪信仰の対象だった
昔、武甲山は三輪信仰の信仰対象で、大蛇窪の上には三輪とつく岩があったそうですが・・・
山の斜面がないので、セメント会社の採掘で破壊されてしまったのでしょう。
天の岩戸が武甲山にあったなら、水の上に「天の岩戸」である岩があったはずですが、それが三輪とつく岩のことだったのか?
天の岩戸はこんな感じで、三つの岩です(平塚市の日の宮)

こちらは倒れてるか横になってるかわからないけど

岩神神社 吉野郡吉野町矢治 岩穂押開神(石押分いわおしわく命・手力男) より
こちらは天の香久山の岩戸神社の天の岩戸

奈良の天の香久山の天岩戸神社のご神体(「倭国」は徳島のことか? 天岩戸立岩神社 徳島県名西郡神山町鬼籠野字元山 より)
発破で天の岩戸が破壊されたのが崩落の原因なのか、セメント会社の潰れた原因なのか。
武甲山も大蛇窪という「大穴」を持っているので、「大穴持ち」であったのに(武甲山の内部は空洞だという話も聞きました)
ご神体の武甲山の天の岩戸をセメント採掘のために破壊・・・・
部外者の自分は、武甲山の姿を見るたびに心が痛むけど、秩父の人の生活のためには仕方ないことだと思う。
部外者があれこれ言うことではないと思う。
けど、ご先祖さんが信仰の対象としていた磐座が現代になって破壊されて無くなってしまったのは、いまなお国つ神、出雲系、三輪信仰に対する支配者側の意向が働いているのではと勘ぐってしまう。
秩父神社はセメント会社から寄付を受けているから、支配者側の神社だという話を聞いたけど
秩父神社の青龍は縛りの龍
水といえば、秩父神社の青龍は鎖でがんじがらめにしてある
青龍は方角は東で五行では樹とか若い、青春、生成発展などを意味する。


・・・青龍って、生成発展の方角で、水神を縛り上げていることにならないか?
あるいは、建水方命を象徴しているのかもしれない
まあ、江戸時代のことだから関係ないかもしれないけど
今宮神社から水分神事で水幣をいただいて、御田植祭で水幣を藁の龍神に刺すことで、参道の結界内に田植えの水が満たされる、という設定で
去年の龍神さんのお目目はギョロメだったけど、今年の龍神さんのお目目はちっこい

藁の龍神さんに水幣を刺したところ 田植えの種水がもたらさせるという御神事です。



しばりの龍の方角はだいたい東から東南くらいで、姿の池の方角だ。
お花畑駅の近くの秩父市役所前の公園に亀の子石があります。
ここが秩父夜祭の御旅所だそうです。
秩父夜祭の御旅所の亀の子石のある方角です。
今宮神社と秩父市役所前の亀の子石の延長線上にあるのは横瀬駅近くの姿の池です。
姿の池は農業用のため池です。武甲山の水をためているそうです。
秩父夜祭で亀の子石と藁の龍神さんを合体させて、玄武の姿にするそうです。
秩父神社は北辰信仰ですので、北の玄武なのでしょう。
今宮神社の龍神さんは八大竜王さんなので、亀と合体した姿はヤマタノオロチの気がするのは私だけでしょう・・・・
昔は池がたびたび決壊などしていたからでしょうけど
やはり武甲山の龍神をしばっている気がする。
農業用の貯め池が決壊しないようにと。
武甲山の甕(亀)の水が決壊しないように縛っているということか
水幣を今宮神社から受け取って、縛っているのは江戸時代からでしょうけど、池が決壊するのは、龍が暴れるからと理由をつけて、青龍を鎖でしばっているのって、アカンのではないかと・・・・
東の青龍って樹とか、青春とか、若者とか生成発展を象徴してるから、それを金気の鎖で縛っているのはある意味、秩父の発展を縛るような術の気がするのはきっと私だけでしょう・・・・
普通のスピブログは
うわー秩父神社すごぉぉぉーーいパワースポット
とか書いてるから人気あるんでしょうね・・・
気が付いても
「キャッキャッ 楽しーい この神社 すごいパワー」
とか書いているから受けもいいんでしょうねえ
そして
今宮神社の滝と池は武甲山の天の岩戸と大蛇窪の再現
今宮神社の滝は武甲山の天の岩戸と大蛇窪を象徴していることに気が付きました。
霊能者の人が十五年くらい前にこういう形で、とイメージが浮かんで、そのように岩を組んで滝を作ったとうかがいました。
天の岩戸から水が出てる・・・

武甲山の天の岩戸が破壊されてしまったので、ずっと武甲山をご神体としている今宮神社に武甲山にあった天の岩戸と水源である大蛇窪が復活されたような気がしました。
写真を見ていて気が付きました。
天の岩戸から水が出ている。

この岩の組み方は天の岩戸だと思いました。
地元の方によると武甲山中腹の大蛇窪はマ〇コ穴と呼ばれていて、女陰で、
天の岩戸も女陰の象徴で、今まで行った場所は天の岩戸の下が水源になっているところが多いです。
あらま、よくよく見てみればこれも女陰そのものですね

なので、ご神体の武甲山の生命と豊穣をもたらす天の岩戸が失われた代わりに、
今宮神社に小さな天の岩戸、生命の元の水を生み出す天の岩戸とちいさな滝が再現されたのは、
武甲山にあった天の岩戸を小さいものですが再生したものだと思いました。
元々、今宮神社は武甲山をご神体としていたそうです。
破壊された武甲山の天の岩戸が、ちいさなものですが今宮神社に復活したのは象徴的だなあと
氏子さんはこれから益々発展していくと熱弁をふるっておられました
確かに、今宮神社の天の岩戸と滝は復活、発展の象徴かもしれません
天の岩戸の下からは水が湧いていて、岩戸から水が出てくるということで
生命をもたらす豊穣の水であり、そのために各地で天の岩戸はお祀りされてきました。
太古、天の岩戸に夜、巫女さんが火を灯してこもっていたそうです。
夜、山々の天の岩戸にともった火のことを「ヤマタノオロチ」(八岐大蛇、八俣遠呂智、八俣遠呂知)と言ったそうです。(真鍋大覚著『儺の国の星』『儺の国の星拾遺』参照)
たたらの火穴も火所(ホト)で、ホト穴で、火を灯し、女性の体で唯一の陽の部分の陽を更に強めて、豊穣をもたらすためだったのでしょう。
八大竜王さんはヤマタノオロチで
武甲山も昔はヤマタノオロチの山だったのでしょう