今日は早起きして、池袋からレッドアローでGOして、秩父まで行ってきました。
今宮神社の龍神祭に参列させていただくためです。
去年は少し寒かったですのに、今年は暖かく、もう龍神さんの樹に新芽が出てました。

水分神事は清明(旧三月節入)
「草木の芽発芽して何の木何の草と明らかに知りえる故に清明という」(天河弁財天社暦より)
木の芽発芽を通り越して、暑かったです。
御神事のとき、日向にいたら暑くなりました。
今宮神社の龍神の池は武甲山の伏流水


武甲山の麓の大蛇窪というところから水が湧いているとされていて、こちらの伏流水が今宮神社に沸いているそうです。
これは氏子さんから聞いた話ですが、武甲山からの水は田んぼの用水として昔は地表を流れていたのだそうですけど、今は秩父鉄道が出来て、それで地下に潜っているそうです。
昔は横瀬の人と田植えの水の水利権争いが絶えなかったそうです。
今宮神社の武甲山の伏流水の滝は、直会のとき聞いた話では、十五年くらい前に霊能者が昔はこういう姿だったというのを見て、それを再現したしたものだそうです。
井戸水を汲み上げて竹筒から流しています。
それと池の噴水もそうです。


最近は今宮神社は隠れたパワースポットとして人気が出てきているそうです。
これから益々この辺りや今宮神社は発展していくのだとか。
直会でうかがったのですが、この水は70年かけて地表に湧き出ているそうです。
武甲山の伏流水は大蛇窪というところから流れ出ているということになっていて、聞いてきた話では、通説では秩父神社が武甲山を祀っているとされているけど、元々は今宮神社が武甲山をお祀りしていたとのことです。
武甲山は今宮神社が祀っていた
それで元々祀っている今宮神社から、秩父神社に水幣を渡す神事が行われるようになったそうです。
それが今日の今宮神社の「水分神事」で種水を秩父神社に渡すという神事なのだそうです。

水幣を秩父神社に渡し、行列を組んでまた楽隊とともににぎにぎしく秩父神社に帰ると、水幣を藁の龍神に刺します。
武甲山の水が田植えの水としてもたらされたことになるのだそうです
武甲山の大蛇窪
写真を取ってこなかったのですが、今宮神社の本殿のしめ縄には亀の飾りがついてました。
亀は妙見菩薩の乗り物とされていますが、秩父夜祭の御旅所で、亀石(亀は妙見菩薩の乗り物)に神社の幣束を立て神事を行うそうです。
蛇と亀で北を表す玄武とするとされています。
ちなみに、亀に乗っているといえば、籠神社の倭宿祢です。
この人は井光姫の旦那さんで、手力男の系図では、倭宿祢は手力男の次妃の豊玉姫の連れ子になります。海人族ですので、籠神社には亀に乗った姿の像があります。
こちらは江の島の八方にらみの亀

亀の甲羅って、山みたいですね。
伏流水が龍とされていて、この水幣を刺した龍は秩父夜祭で御旅所の亀石と合体させて、北を現す玄武(蛇と亀)とし、これで武甲山に種水をお返ししたことになるのだそうです。
武甲山という亀(甕)に蛇(水、大蛇窪の水)を返したことになります。
武甲山の中腹に大蛇窪はあるそうです。
山伏さんが龍神祭の早朝、そこにいって龍神さまにおいでくださいとご挨拶されたそうです。
お花畑駅の近くの秩父市役所前の公園に亀の子石があります。
ここが秩父夜祭の御旅所だそうです。
今宮神社と秩父市役所前の亀の子石の延長線上にあるのは横瀬駅近くの姿の池です。
姿の池は農業用のため池です。
横瀬の人と田植えの時の水利権でもめていたという話を氏子さんから聞きました
亀の子石は今宮神社と姿の池の中間地点にありますので、それで水分神事から、秩父夜祭まで水利権をお借りして、またこちらの姿の池の水利権をお返しするということも盛り込まれているようです。
武甲山に棲む神は男神さまで、正妻が武甲山さまの正妻が近くの町内に鎮まるお諏訪さまの八坂刀売神(やさかとめのかみ)という設定になってます。
秩父神社の妙見菩薩がお諏訪さまに遠慮するというのは、秩父神社自体が後からでき、更に妙見信仰が後から加わったため、本来の龍神(蛇神)を祀っているがお諏訪さまに遠慮しているということでしょう
八坂刀売神の夫神は、建御名方神ですので、だとすると、「みなかた」は「水方」ですから、武甲山にはタケミナカタ神が祀られていたということになるのでしょうか?
人間にあてはめただけかもしれませんが、いずれにしても、古くからの水神の龍蛇信仰のようです。
番場町諏訪神社
番場町諏訪神社は今宮神社のすぐ横手です。
今宮神社の水幣を秩父神社が借りていきますし、元々、諏訪神社の旦那さんの龍神(建水方富命)と諏訪神社が並んで立っているので、夫婦だから、並んで建っているのでしょうか?
お諏訪さまの八坂刀売命(やさかとめのみこと)は手力男の子孫です。
諏訪系というか戸隠系というか
詳しくはこちらに書きます。
https://prt2.tukiyononeko.net/yasakatome
タケミナカタ神は出雲系、大国主命の息子で諏訪に逃げて行ったことになってます。
氏子さん曰く、ここは出雲・戸隠系だそうです。
戸隠奥社は九頭竜と手力男で、奥社の元宮司家は犬飼氏でした。
縣犬飼氏は手力男の子孫で、橘氏は縣犬飼三千代の子孫で
今宮神社の御神文に橘が入ってますが、橘氏の誰かの血が入っているようです。
平将門公のお母さんも縣犬飼氏です。
丹党も丹生都姫の丹でしょう。
系図では手力男の娘が丹生都姫となっています。
このあたりは戸隠系だと氏子さんからうかがいましたが、近辺に出雲系といえば、
があります。
某お方曰く、秩父神社は支配者側の神社で、だからご神体の武甲山を崩す会社が寄付してるんだどうのこうの。
武甲山の大蛇窪がある土地を秩父市がセメント会社に売り渡してしまって、地元民は聖地を売ってしまってと危惧していたら、大蛇窪の近くをセメント会社が掘ってしまって、何かあるんじゃないかと思っていたら、大蛇窪の上が崩落し、セメント会社は潰れたそうです。
というようなお話も伺いました。
やはり聖地というか、ご神体の武甲山のを掘るということは、侵してはならないご神体を人間が侵食してしまうということで、自然からしっぺ返しをされるようです。
大蛇窪は武甲山の中腹にあるそうです。
だとすると、水源の上にある天の岩戸の岩がその上にあるはずですが、もう既にないですね。
武甲山の天の岩戸はもう破壊されてしまったようです。