テレビをつけっぱなしてたら、とある番組で猫を編集長にして猫編集長と呼んでいる番組があった。
ゲストが最近は猫の写真でブレイクしている岩合光昭さんで、岩合さんが猫を呼ぶと猫が来て、猫が相手をしてくれてて、それまでは出演者が呼んでも猫は来なかったそうだ。
岩合さんの色紙が萩の猫寺(雲林寺)にもあった。
https://tukiyononeko.net/nekodera
その番組見てて、じゃあ猫を表の責任者ということで猫をかつぎ出したけど、実質は猫に無視されていたということなんだなあと思いました。
猫人気にあやかろうとして、猫を表の責任者、猫を表の顔として立てたということなんでしょうね。
でも、猫はそれを「拒否」してて、呼んでも無視していた。
猫の写真を撮っている岩合さんに初めて猫編集長は反応した、と。
ということは、出演者はずっと今まで、「猫編集長」をかまってあげてなかったんだ。
動物って、信頼関係ないと、動いてくれないし、呼んでも来てくれないから、出演者は撮影時間以外も猫とコンタクトしていなかったんだとおもった。
撮影時間以外は可愛がりも相手もしなかった、つまり無視していたから、猫に無視されていたということが分かってしまった。
岩合さんは猫とずっとコンタクトしてたから、猫の信頼の気が付いているから、岩合さんには反応したことになる。
いくら猫を表に立たせて、猫人気にあやかろうとしても、猫には見抜かれていたと言うことか。
責任者は猫ですよと言ったところで、肝心の猫には拒否されていたわけですね
術として猫を表に立たせても、放送という公共の電波で「猫は拒否してますよ」というのがばれてしまった。
もはや術としては成り立ってないですね。