不比等が、藤原氏が日本に土着するために、古い古い系譜の血を手に入れ、日本の地霊に錯覚させるほど婚姻関係を深めたというのは納得できます。
月読命は手力男だった 天駆日向津日継月読命は向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊
井光姫の大戸・おとさんと安曇磯良 向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊
皇統第22代 天疎日向津比売天皇(天照皇大神)の時代(第5回大天変地異 20万年前?)
21代イザナギノスメラミコト
22代スメラミコト 天駆日向津日継月読命
(アマカケル・ヒニムカイツ・ヒツギ・ツキヨミノミコト)
出典はタマヤ古文書・タマヤフルコトフミ??
まさか手力男が月読命かもしれないとは思いもしませんでしたけどね。
20万年前はどうかと思いますが。。。。
もちろん、その頃のスメラミコトは現在の天皇家ではなく、異民族とされてきた隼人たちのようです。
隼人のスメラミコトは天の鳥船にのって世界を巡航していたのでしょうか?
本日のBGM これを聞きながらどうぞ タカミムスビ神 天の鳥船・・・・
天の鳥船に乗るから「隼人」というのはなるほどですけどね
月読命は手力男だった 天駆日向津日継月読命は向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊 参照
藤原氏は隼人がスメラミコトだという伝承を知っていて、不比等が縣犬飼三千代を妻にし、藤原氏は縣犬飼氏と婚姻関係を結び続けていたのかもしれません
大隅隼人や阿多隼人たちがいるところには月読神社があります。
手力男も隼人だとおもいますが、月読命が手力男かもしれないとは思いませんでした。
隼人と月読神社
大隅隼人たちがいる京田辺市大住に鎮座する月読神社には、
「祭神・月読神は、神社南方約4kmの甘南備山(当社南西にある山)に降臨したが、その依代である磐座は、今、薪神社にある」
この磐座は、鹿児島線大隅地方にみられる“オツッドン”に相当するともいう。オツッドンとは、古く、同地方に伝わる民俗信仰(古代隼人族から伝わるという)で、“田に、自然石・立木・笹竹を立ててご神体とし、村毎に祀った月神信仰”において“月神の依代”とされる磐座をいう(神社と古代王権祭祀・大和岩雄・1987)。
当地の辺りは、古く大隅隼人・阿多隼人の居住地だったといわれることから、彼らが崇敬した月神の依代として祀ったのが、この磐座(オツッドン)かもしれない。
木花開耶比売命は阿多隼人で別名「阿多姫」
もう一人、阿多姫がいて、この人は皇子である夫とともに反乱を起こして殺されています。
天河弁財天のある天川村に隣接する奈良県五條市は隼人が移住したらしく、隼人の祖の木花開耶比売命(阿多姫)を祀った阿陀比売神社や月読神社があります。隼人の本拠地の鹿児島県にも月読神社がいくつかあります https://prt2.tukiyononeko.net/amatumikaboshi5.html
手力男の子孫の縣犬飼三千代も阿多隼人
月読の手力男は夜の食国と大海原を治めよ・・・・
手力男の名
手力男は天嗣杵命ともいい、天石門別安國玉主神
「神代系図」によるとまたの名を
天背男命,天嗣杵命,天石戸開命,櫛石窓命,豊石窓命,
伊佐布魂命,阿居太都命(あいたつ),
天石帳別命,玉主命,明日名門命(あけひなどのみこと)
天嗣杵命「つくつき命」と「つくつみ」
手力男は天嗣杵命ともいい、これをこのまま読むと天つぐつき・つくきね・つくき命
「つくつみ」と「つぐつき」 同じだ
つぐつき・嗣杵命=嗣月命、
嗣月・つくつき→つくよみ・月読・月夜(世)見
月の世を治める=つきよみ・夜の食国を治める=嗣月命
アマカケル・ヒニムカイツ・ヒツギ・ツキヨミノミコト
天駆日向津日継月読命
月読命は手力男だった 天駆日向津日継月読命は向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊 参照
天駆日向津日継月読命と向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊
住吉さま=手力男=月読命なら、
住吉さまのまたの名 向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊と 天駆日向津日継月読命 は対応するかもしれない。
どうやら対応するようだ
①天駆②日向津③日継④月読命
②向匱④男聞襲大歴③五御魂①速狭騰尊
見事に対応している
②日向津 ④月読 ③日継 ①天駆 命
②ヒニムカイツ ④ツキヨミ ③ヒツギ ①アマカケル ミコト
②ムカヒツ ④ヲモゾオオイシ ③イツミタマ ①ハヤサカノボリノ ミコト
②向匱 ④男聞襲大歴 ③五御魂 ①速狭騰 尊
③イツミタマ「いつの御魂」というのは③ヒツギ「日継の御魂」「壱・伊都・伊豆・斎の御魂」だろうか?
いつを伊都・伊豆と捉えると「伊都・伊豆」に関係がある御魂
斎・いつき、壱岐と市杵、市杵島、(杵島は橘奈良麿が落ち延びた地)
「斎の御魂」だとすると「斎」は神道で、ものいみ(潔斎)をして神に仕えること。
住吉さまとペアになる 撞賢木 厳御魂 天疎 日向津比賣 は いつく御魂、
撞賢木とはいつき・斎・壱岐・・・
「伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に 禊祓給ひし時に生り坐せる 祓戸大神等」
なるほど伊弉諾尊が産んだ神(子)が「祓戸大神等」で手力男こと船尽神も「祓戸」ですね
手力男のまたの名上記「手力男の名」参照
五御魂・厳御魂は市杵=壱岐の御魂か?
隠岐で月読は祀られていたとされる
タカミムスビ神もいる
式内社 壹岐嶋壹岐郡 月讀神社 名神大
式内社 壹岐嶋壹岐郡 高御祖神社式内社 壹岐嶋壹岐郡 手長比賣神社
御祭神
栲幡千々姫命 天忍穂耳尊
延宝以前は神功皇后 『式社沿革考』
延宝以前は手長男神 『神名記』鎮座地は、「棚河」(たなごう)と呼ばれている地で、
棚河大明神と称されていた。式内社・手長比賣神社と考えられている神社。
手長姫神は、本宮八幡の神と石礫を投げて領田を競ったという伝説が残っている
厳御魂というのは、もともと壹岐・いちきにいた御魂のことで、いちき・いつき・斎となったのではないか?
市杵=壱岐 だ
撞賢木「つきさかき」は月榊・月神の依代
撞賢木「つきさかき」は「月榊」ではないのか?
とすると月神の依代だ
オツッドンとは、古く、同地方に伝わる民俗信仰(古代隼人族から伝わるという)で、“田に、自然石・立木・笹竹を立ててご神体とし、村毎に祀った月神信仰”において“月神の依代”とされる磐座をいう
ということは、撞賢木 厳御魂 天疎 日向津比賣 も「月神の依代」となる
この二つの名前を音や意味で対応させてみましょう。
私はこの二つの読みをこう考えました。
撞賢木 厳御魂 天疎 日向津比賣
つきさかき いつのみたま あもる(あふる・あおる) ひむかつひめ
向匱 男聞襲大歴 五御魂 速狭騰 尊
天疎・あもる(あふる・あおる)は「ひもろぎ」の「撞賢木・月榊」と対応していますね
天駆日向津日継月読命は
向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊と撞賢木厳御魂天疎日向津比賣を
合わせたもの
順番を変えて、言葉ごとに対応させると
①向匱 ➁男聞襲大歴 ③五御魂 ④速狭騰 尊
①日向津 ➁撞賢木 ③厳御魂 ④天疎 比賣
日向津 月読 日継 天駆 命
のぼると天下がる=天駆ける
これを踏まえると、日向津月読日継天駆命 の意味は
隠岐・市杵の御魂が日継で、太陽に向かい天翔る月読(ツクツミ)=天つぐつき命=天嗣杵命=手力男
➁男聞襲大歴は以前書いたので割愛
もう少し詳しくみていきます。
向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊
向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊 (むかひつ をもぞおおいし いつのみたま はやさのぼり のみこと)は
①向匱 ➁男聞襲大歴 ③五御魂 ④速狭騰 ⑤尊
順番に解釈していきます。
①向匱 むかひつ
「向ひ津」ととると「向の津(船着場・港)にいる」ととれます。向や甲・廣は銅の意味もあります。
四国の船尽神社の手力男と船尽姫(向津姫)は向かい合わせでペアです。
「向日つ」ととると、「日向の」という意味にとれます。「向日(むかひ)」は、「朝日を拝む神聖な場所」である東でしょうか?
だとすると 伊勢神宮内宮の手力男が東殿にいる のとあっています。
ちなみに皇大神社(京都府福知山市大江町字内宮)は本来は天手力雄神社(丹後)だという説があります。
所在不明となっている不甲神社(延喜式内宮)であるという説もあるそうです。
不甲=武甲で秩父の武甲山と似ていますね。
日浦嶽(日室ひむろ嶽・城じょう山・岩戸いわと山)のま後ろに、大江山(千丈ケ岳)があり、このラインを逆に東へ伸ばすと、冬至の日ノ出のライン上には伊勢神宮があるという。
日室(ひむろ)は神籬(ひもろぎ・ひむろぎ)からきていそうです。
撞賢木は月榊「月神の依代」
撞賢木 厳御魂 天疎 日向津比賣 も「月神の依代」であり、神籬も神の依代です。
神奈備山も天疎・あもる(あふる・あおる)であり、木々は神籬
日向津比賣の天疎・あもる(あふる・あおる)は「ひもろぎ」の「撞賢木・月榊」と対応していますね
「ひもろぎ」の「もる」は天疎・あもる(あふる・あおる)の神が天から降りるという意味
夏至の日には岩戸山山頂に太陽が沈むそうです。まさに日が神奈備山に天疎る(あもる)
日室山に沈む夕陽:元伊勢日室山(福知山市大江町内宮)
皇大神社奥宮のご祭神は櫛岩窓戸命(クシイワマド)・豊岩窓戸命(トヨイワマド)
これらも手力男のまたの名です。
日の出の奇麻知の櫛真乳魂命も神皇産霊尊の子孫・手力男の祖父
夏至の日には岩戸山山頂に太陽が沈む、伊勢神宮内宮までラインがのびているのを、日の出の奇麻知ともいうようです。
「奇麻知・くしまち」といえば櫛真乳魂命
度会村松(伊勢神宮)によると
神皇産霊尊──櫛真乳魂命──天曽己多智命(角凝魂)─天嗣桙命(手力男)──天鈴杵命───天牟羅雲命──天波与命──天日別命
櫛真智命の孫が手力男(玉主命)で、ひ孫が己等乃麻智比売命(ことのまちひめのみこと)
櫛真乳魂命──天曽己多智命─天嗣桙命(手力男)──己等乃麻智比売命──天児屋根命
くしまちというのは「太陽の道」に関係がありそうです。
それで太陽の道に関係がある「奇麻知」の櫛真乳魂命がいるのでしょう。
日下部吉見神の日下部は太陽など暦に関係がありそうです。阿多隼人の縣犬飼三千代の養い子は草壁皇子
月読というのも、海人族が航海のために星を読む、暦や方位に関係がありそうです。
手力男はあの織田信長が恐れた唯一の神社那加手力雄神社のご祭神ですからね
日本で一番霊験あらたかな恐ろしい神様といえましょう。
月読命は怖い神様でした
まだ続きます
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